(272)印象と現実【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2022年3月4日
何事につけ、「印象と現実」はほぼ一致する時もありますし、全く異なる時もあります。乖離を埋めるには、丁寧に事実を確認していくしかありません。ひとつ事例を検討してみましょう。
日本のあらゆる産業の中で労働中の死傷災害件数が最も多い業種は何だろうか。もしかして高層ビルや巨大建築物などを思い浮かべ、建設業...などと考えなかっただろうか。この問いを受けてすぐに業種や作業を思い浮かべてはいけない。「印象と現実」を見極めるためには、少し踏みとどまり問いの前提を考えることが必要である。
ざっとした話で恐縮だが、現在の日本には約6,700万人の就業者がいる。そのうち、最大の業種は何か。就業の中心が圧倒的に製造業の時代は既に過ぎ去り、現代日本では卸・小売業が全体の約16%、1,062万人を占める最大分野である。製造業は1,037万人(15.6%)の第2位で、この2つが就業者数1,000万人を超えている。日本社会のマクロな動きは第1次産業から第2次産業、そして第3次産業へとシフトしている以上、当然の結果であろう。
では、次に考えることは何か。
産業のシフト以上に日本では高齢化が進展している。したがって、医療・福祉分野の就業者数が884万人(13.3%)で第3位となる。現代日本で就業者数が500万人を超えるのはこの3分野だけである。これを社会構造の大前提として押さえておきたい。ちなみに、就業者数482万人(7.2%)の建設業は第4位である。以上は、(独)労働政策研究・研修機構のホームページ(注1)で確認できる。
こうした事実を踏まえると、先の問い(実はこういう問いは要注意である)の答えがなかなか難しいことがわかるはずだ。世間では就活が始まったが、筆者が面接官なら採用面接の簡単な質問としても十分に活用できる。自社(あるいは希望先の企業)が属する業種にどのくらいの就業者がいて、日本の全産業の中でその業種のウエイトはどのくらいか、これは基礎知識としても十分に必要なものであろう。それすら知らなければ事前準備不足と言われても仕方がない。
先の問いに戻れば、そもそも業種により母数が異なる。これを無視して〇〇業は死傷者数が多く危険などと考えても、割合で見れば全く異なる結果になることがある。ここで物事を印象で判断するか、事実に基づいて判断するかが問われるという訳だ。
さて、厚生労働省「労働者死傷病報告」(注2)を見ると、2020年の死傷災害件数は13万1,156件だが、最大は2万5,675件の製造業で、以下、第2位2万286件(保健衛生業)、第3位2万169件(商業)、第4位1万6,859件(運輸交通業)、第5位1万4,977件(建設業)と続く。
事故原因を見ると、先の13万件のうち最大は3万929件の「転倒」であり、業種別には第1位6,456件(商業)、第2位5,400件(保険衛生業)である。商業「活動」とはモノを売るだけでなく、仮設物・建設物などの構築や動力の運搬なども含まれるということまで考えが及ぶかどうか。そして、事故を予防するためには、この2つの業種に限らず、「転倒」対策は不可欠ということになる。
なお、農林業小計は2,810件、畜産・水産業小計では1,685件の死傷件数が報告されており、この2つを合計すると4,495件となる。
農林業の事故原因は「墜落・転落」と「切れ・こすれ」が全体の4割弱、畜産・水産業では「はさまれ・巻き込まれ」と「激突され」が全体の3分の1を占めている。
以上の詳細は全て下記に記載したサイトで確認可能である。是非、一度、いつもは余り見ない観点からの資料を見てご確認いただければと思う。
***
これから数か月は農作業が活発化する時期です。くれぐれも気をつけて頂きたいと思います。
(注1)(独)労働政策研究・研修機構、「早わかりグラフで見る労働の今 産業別就業者数」
アドレスは、https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/chart/html/g0004.html
(注2「 厚生労働省、「労働者死傷病報告(令和2年確定値)」
アドレスは、https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/tok/anst00.htm
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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