奥山・里山・裏山を昔話で語る【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第197回2022年5月19日
今から半世紀前、私のまだ若い頃の話である、前にお話ししたことのある東北大の川渡農場、そこで草地利用の研究をしていた私と同じ山形出身の大先輩の教授、伊藤巌さんと雑談をしていたとき、突然聞かれた、奥山・里山・裏山、どう違うかと。そこで私は答えた、奥山は集落から遠く離れたところにあるつまり奥にある山、里山は人里近くにある山、裏山は家の裏にある山のことだろうと。
伊藤さんは言う、それは間違いではないが、集落や家からどれだけ離れているかの距離で説明しているだけ、しかし山の利用のしかたも違う、それも説明しなければだめではないかと。まさにその通りである。ぐっと詰まっていたら、奥山は「金太郎」、里山は「桃太郎」、裏山は「かぐや姫」の昔話で説明すればいいのだと笑いながら言う、なるほど、その通りだ、うまいことを言うものだと感心してしまった。それで説明すると、山の利用の形態、林野の状態もわかるのである。
それを私なりの理解で述べてみよう。
若い人たちはもうわからないかもしれないが、『金太郎』という唱歌がある。
「マサカリカツイダ 金太郎
熊ニマタガリ オ馬ノケイコ
ハイシドウドウ ハイドウドウ(繰り返し)
アシガラ山ノ 山奥デ
ケダモノアツメテ スモウノケイコ
ハッケヨイヨイ ノコッタ(繰り返し)」
この歌は、まさかりでないと切れないような大きな太い木の生えているところ、熊など獣が出てくるところ、つまり原生林あるいは一次天然林で、獣としか遊べないような人里から遠く離れたところで金太郎が遊んでいたことを表現している。いうまでもなく、こうした所はまさに奥山である。こうした奥山で人々は熊、鹿、兎等々の狩猟をし、大木をまさかりなどで伐り倒して材木や木工品とし、利用もしくは販売してきたであろうことをこの歌は推測させる。
このように金太郎の歌は奥山をうまく説明しているのである。
国民学校(現在の小学校、戦時中はこう改称されていた)一年生の「ヨミカタ(国語)」の教科書の最後だったと思う、次の文章から始まる『桃太郎』の話が書いてあった。
「ムカシムカシ、アルトコロニ オジイサントオバアサンガ アリマシタ。
アルヒ、オジイサンハ山ヘシバカリニ、オバアサンハ川ヘセンタクニ イキマシタ」
なお、この文章は私の記憶、正確かどうかわからない。戦後この物語は軍国主義的、侵略的だとして教科書からなくなってしまった。
それはそれとして、この文のなかのシバカリ=柴刈りにおじいさんが行くという山、これが里山である。
この柴とは小さい雑木のことで、それは当時の主要な燃料であり、薪あるいは木炭にして自分の家で使うばかりでなく、山林のない地域の人たちに販売する商品でもあった。だから、それを刈り取り、背負って家に持って帰ることはその昔の重要な仕事だった。そうなるとそんなに遠くの山では困る。一仕事して往復できるほどの距離、背負って帰れるほどのところに、つまり人里の近くにあることが必要となる。かくしてそこは里山と呼ばれることになる。
また、こうした柴が生えている山なのだから、里山は雑木林ということになる。つまり自然林ではない。この雑木林は人間がつくりだしたもので、人の手が入ることにより維持されてきた。すなわちそもそも自然林であったものが、薪や炭として10~15年サイクルで伐採され、そこに再び草木が芽生え、成長する、それがまた薪炭源としてあるいは生産資材として利用され、さらにそこの落ち葉や下草が焚き付けや堆肥として利用される、こうした過程を経て雑木林となったのである。
なお、このように木が何度も伐採されるから里山には日光がわりに差し込む。それで多様な山野草が自生し、そのなかにはワラビやゼンマイなどの山菜があり、食用、薬用として採集されることになる。またそうした山野草を刈り取って農耕地の緑肥や家畜の飼料としても利用した(「裏山」の説明は次回とさせていただく)。
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