黒田発言が露呈したもの【小松泰信・地方の眼力】2022年6月8日
国民年金・厚生年金保険の年金額改定通知書が先日届いた。6月以降の振込額が、4月の振込額より408円減る。年金がゆっくり減額されていく。年金生活者の首が、ゆっくり絞められていく。
食料高騰で貧困加速というのに
日本農業新聞(6月7日付)の2面のレイアウトには苦笑した。
まず左上には、「食料高騰で貧困加速 価格1%上がると1000万人増」との見出しで、ワシントン共同の配信記事。
リード文は、「世界の食料価格が1%上昇するごとに1000万人近くが1日1.9ドル(約248円)未満で暮らす『極度の貧困』に陥るとの試算を世界銀行が5日までにまとめた。ロシアのウクライナ侵攻の影響が食料の値上がりに波及。世銀は『最貧困層ほど家計に占める食費の割合が大きく、価格高騰の衝撃を受ける』と危機の拡大に警鐘を鳴らす」と、報じている。
さらに、国連食糧農業機関(FAO)が3日、5月の世界食料価格指数が前年同月比で22.8%上昇したことを発表したこと。
世銀の試算では、極度の貧困層は2022年に6億5600万~6億7600万人に上る見通しで、新型コロナウイルス危機前の予想より7500万~9500万人増加すること。
そして、世界食糧計画(WFP)が、ロシアによる軍事侵攻が収束しなければ、WFPが活動する81カ国で「深刻な飢餓に苦しむ人々が4700万人増加する」と予想していること、等々も伝えている。
このような、警鐘乱打の記事の右にあるのが、黒田東彦(はるひこ)日本銀行総裁が6日都内で講演したことを淡々と伝える記事。
問題発言は、最近の価格上昇に関して、「企業の価格設定スタンスが(引き上げ方向に)積極化している中で、家計の値上げ許容度も高まっている」と語った所。
当コラムも、6日夜のニュースでこの見解を知った瞬間、違和感を覚えた。
今年に入っての値上げラッシュを、消費者が納得して受け止め、家計にダメージを受けることもなく、のんきに暮らしているという、生活の実相とは真逆の見解だからだ。
案の定、炎上。すぐにはじまる、消火活動。
「誤って理解している」のは、あんたなんだよ!
毎日新聞(6月8日付)によれば、翌7日の参院財政金融委員会での野党議員から相次ぐ批判に、黒田氏は「100%正しかったかと言われると、若干ためらうところがある」「値上げ許容度という言い方が適切かどうかは批判を甘受したい」などと釈明した。
この程度で火は消せず、黒田氏は7日夜、記者団に対し「家計は苦渋の選択としてやむを得ず値上げを受け入れている。誤解を招いた表現で申し訳ない」と謝罪した。
私たちは「誤解」していません。国民の生活の実相を「誤って理解している」のは、ハルヒコさん!あんたなんだよ!
民の竈(かまど)
「家計の値上げ許容度も高まっている」との黒田発言を、勝手な解釈で「信じ難い発言」とするのは、東京新聞(6月8日付)の社説。「多くの家庭が食費や光熱費などを切り詰め、耐え忍んでいるのが実態」として、「苦しい『民の竈(かまど)』が見えていないのではないか」と、一の矢を放つ。
さらに、「貯蓄の伸びは、将来に対する不安が増大したからにほかならない。貯蓄額の増加が安心感を生み、家計の値上げ許容につながっているというのは現実から懸け離れた、誤った分析」と、二の矢。
そして、「黒田氏はまず小売店に自ら出向いて人々の話を直接聞くべきだ。その上で、自らの発言が的を射ていたか、深く考えてほしい」と、的を射る。
賃金を上げろ!
「商品の価格が上がれば企業の売り上げは増える。業績が向上すると従業員の賃金が上がる。生活に余裕が生まれ消費が活発化し、企業の利益も一層増える」という、「物価の上昇が経済全体に好循環をもたらすという発想」が黒田発言の土台にあるとするのは、信濃毎日新聞(6月8日付)の社説。
そもそも今の物価高は「コロナ禍やウクライナ危機で海外から調達する原材料価格が上昇し、生産コストが膨らんだのが主な要因」で好循環の兆候ではない。さらに、「競争が激しく値上げに敏感な国内市場で企業はこれまで、値上げを控えてきた。それが最近、コスト上昇に耐えきれず価格転嫁し始めたというのが実態だ。消費者が寛容になったわけではない」と、急所を突く。
そして、「重要なのは賃金の動向だ。今年の春闘は大手企業の間で賃上げの動きが出てきたものの、中小までは十分に波及せず、物価上昇のペースに追いついていない。賃金が上がらなければ消費者の生活は苦しい。物価高を『許容』できず生活防衛に走る人が増えると、商品やサービスの販売は伸びない。企業業績も伸びない」とする。
沖縄タイムス(6月4日付)の社説も、「物価上昇に見合った賃上げこそ重要」とする。そして、「コロナからの出口がようやく見えてきたが、賃上げが物価上昇に追い付かなければ、個人消費も停滞する」ため、「『賃上げ』は日本の最重要課題」とする。
そして、好業績の企業には、「内部留保」を従業員に分配することを、政府には「体力の弱い中小零細企業の支援」を求めている。
さらに、沖縄県による21年度の小中学生調査で、困窮世帯が28.9%に上り、3回目の今回で初めて増加に転じたことを紹介し、低賃金が「子どもの貧困」に直結し、貧困層が拡大しかねない深刻な情況を伝えている。
怒らなきゃ、やられるぞ!
「サンデー毎日」(6月19-26日号)で、非正規、貧困、格差問題に取り組んでいる雨宮処凜氏(あまみや・かりん、作家)は、「問題は、この参院選の後は、向こう3年間国政選挙がないだろう、ということだ。その間に防衛費が増額され、消費税が増税される懸念がある。貧困問題に取り組んでいて、今の物価高だけでも厳しいのに、消費税まで上がると、命の危険まで出てくる」と語っている。
図らずも黒田発言が教えてくれたのは、彼のような上級国民には、人びとの生活の実相への興味も関心もないことだ。真綿で絞めていることに気づかないはずだ。やられる前に、「オレもアンタとおんなじ人間だ!」と、怒りをぶつけてやろう。
「地方の眼力」なめんなよ
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