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侮辱罪と民主主義【小松泰信・地方の眼力】2022年6月15日

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共同通信社が6月11日から13日に実施した全国電話世論調査(対象は全国の有権者2,530人、回答者は1,051人、回答者率41.5%)では、前回の当コラムで取り上げた黒田東彦日銀総裁の「家計の値上げ許容度も高まってきている」という発言に関連した、興味深い質問がなされている。

komatsu_honbun.jpg「黒田はクロだ!」って言っていいのかな...

黒田氏の発言に関連する質問の結果概要は、次のように整理される。(強調文字は小松)

(1)「幅広い分野での値上げが生活に与える打撃」については、「非常に打撃」19.2%「ある程度打撃」58.1%、「あまり打撃になっていない」19.7%、「全く打撃になっていない」2.9%。77.3%が打撃を受けている
(2)「物価高に対する岸田文雄首相の対応」については、「評価する」28.1%、「評価しない」64.1%
(3)「黒田東彦日銀総裁の『家計の値上げ許容度も高まってきている』発言」については、「適切」16.9%、「不適切」77.3%
(4)「日銀総裁として黒田氏は適任か」については、「適任」29.2%、「不適任」58.5%
(5)「今夏の参院選の投票先を決める時、物価高騰をどの程度考慮するか」については、「大いに考慮」18.0%「ある程度考慮」53.1%、「あまり考慮しない」21.8%、「全く考慮しない」5.4%。
(6)「今夏の参院選比例での投票予定先」については、「自民党」39.7%、「分からない・無回答」25.5%、「日本維新の会」9.9%、「立憲民主党」9.7%などとなっている。純粋野党ともいえる、立憲民主党、共産党、れいわ新選組、社民党の合計は15.9%。「分からない・無回答」の回答者が全員、純粋野党に投票したとしても41.4%で、過半数には及ばない。

広範に及ぶ値上げで8割近くの国民が打撃を受け、大打撃を受けている人は2割にも及んでいる。ゆえに、6割以上の人が、岸田首相は評価に値する対応を取っていないとする。また黒田氏の発言を8割の人が不適切とし、6割の人は、氏を日本銀行の総裁としては不適任としている。

今夏の参院選においては、7割の人が物価高騰問題を考慮して投票先を決定する、としている。

ところが、その投票予定先で最も多いのが自民党。この党は、物価高騰に適切な対策を講じていない現政権を支える与党である。

ヤジったら侮辱罪ですか?

物価高騰への怒りをぶつけようと、選挙遊説中の岸田首相をヤジるぞと、手ぐすね引いている人にはやっかいな法律、「侮辱罪に懲役刑を導入し、法定刑の上限を引き上げる改正刑法」が参院本会議で6月13日に可決、成立した。今夏にも施行する。そもそもは、深刻化するインターネット上の誹謗(ひぼう)中傷に歯止めをかけるのが狙いであったのだが、いや~な臭いがしてくる代物。

朝日新聞(5月8日付)の社説は、SNSを使って人をおとしめる行為への対策は急務とした上で、「一方で侮辱と正当な批判との線引きは容易でなく、厳罰化は表現行為全般を萎縮させる恐れをはらむ」として、慎重な検討を求めた。

事実を示さなくても公然と人を侮辱すれば成立する侮辱罪で、「毎年数十人が処罰され、罰は法定刑の上限に近い9千円の科料に集中」しているとのこと。それを厳罰化する政府案に、以下の3点から反対意見を展開した。

まず、既存の名誉毀損(きそん)行為を罰する条文においては、「公益を図る目的があり、内容が真実ならば免責するという特例がある。政治家や公務員に関する批判的な言論についても同様の保護がある」が、侮辱罪にはこうした規定がない点。

つぎに、懲役刑が科されるようになれば、逮捕して取り調べることがやりやすくなる点。ところが、国会審議においてこのことへの議論が深まっていないことを懸念する。

そして、国連の委員会も、「表現行為に自由を拘束する刑を科すことに否定的な見解を示している」点をあげる。

発信者を特定し賠償を求めることが以前より容易になったとはいえ、「費用も手間もかかり、なお『救済』には遠い」という指摘を紹介し、「匿名でも人を傷つける言動をすれば民事上の制裁を受けるという実例を重ね、広く認識されることが、抑止効果にもなる。表現の自由との両立を常に頭に置き」、工夫を重ねることを求めている。

閣僚を侮辱した人は逮捕される可能性がある

しかし、賛成多数での成立。

信濃毎日新聞(6月14日付)の社説も、「自由な言論をためらわせ、政府への批判を封じる手段にもなり得る法改定である。運用に厳しい目を向けていかなくてはならない」と、危機感を隠さない。

衆院法務委員会で「閣僚を侮辱した人は逮捕される可能性があるか」との質問に、最初は「ありません」と断言した二之湯智・国家公安委員長が、根拠を問いただされて言いよどみ、ついには「可能性は残っている」と前言を翻したことを紹介し、厳罰化が有する「言論の圧迫、萎縮を国民に強いる危険性」を明示した。

さらに、「何が侮辱にあたるかは明確でない。それだけに、恣意(しい)的な判断の余地がある。捜査当局がどのようにも解釈し、適用の対象を広げ得るということだ。(中略)身柄を拘束される恐れがあるだけで萎縮させる効果は大きい」とし、「厳罰化するにしても、言論の自由の圧迫や統制を排する明確な歯止めが、最低限必要になる」とする。

「表現の自由を不当に制約していないかを、施行から3年後に検証する条項が付則として加えられた。その際、公共の利害に関わる特例を検討することを付帯決議で政府に求めてもいる」ことにも、「本来、後回しにしていい議論ではない」と容赦なし。

最後に「言論の取り締まりにつながりかねないやり方は、民主主義の土台を壊す。誹謗中傷対策を理由に、監視や統制が強化される危険性を見落とさないようにしたい」と念を押す。

侮辱罪に問われるべきは誰だ

立川談四楼氏(落語家)は、「...ネット中傷への対策が急務なのは論をまたないが、怪しい。オレたち権力を非難しても同じだぞ、とのどう喝が見え隠れしているからだ。有り体に言えば、政権は言論の自由を奪いにきている。『安倍辞めろ』と言っただけでひっくくられたのがいい例なのだ」と、14日のツイッターで臭いの源を嗅ぎ当てている。まったく同感。

当コラムも、この国の人びとや民主主義を侮辱し続けた連中には厳しい言葉を投げつけてきた。これからも筆致を緩めることはない。なぜなら、国民を、民主主義を、侮辱し続ける輩こそが、侮辱罪の対象だからだ。何か文句ある?

「地方の眼力」なめんなよ

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