政治の世界と通信障害【小松泰信・地方の眼力】2022年7月6日
86時間にも及ぶ大規模通信障害。気楽な身の上ゆえ、固定電話やラインを使って何とか復旧の時を迎えた。しかし、至る所に看過できぬ支障を来し、命に危険が及ぶことさえあったとのこと。まさにライフライン。ありとあらゆるものがネットで結ばれているこの時代、通信事業者の責任はきわめて重い。もちろん、過度な依存も禁物。
スマート農業に影響
日本農業新聞(7月6日付)は、1面でこの通信障害が、スマート農業(例えば、トラクターの自動操舵装置、ハウスの環境モニタリング・制御装置、農作業管理アプリ、水田の水位センサーなど)に及ぼした影響を取り上げ、緊急時の対応が課題とする。
そして、野口伸氏(北海道大学農学研究院教授)が、「スマート農業にとっても携帯電話の回線は欠かせないインフラ」と指摘し、スマート農業機器の利用が今後さらに進むことから、安定した通信環境の確保を通信会社に求めていることを紹介している。
地域活性化策として「デジタル田園都市構想」を公約に掲げているのは自民党。デジタル化はあくまでも手段に過ぎないが、その手段が脆弱であれば、それを土台にして創りあげられる田園都市は砂上の楼閣である。
山際は瀬戸際
「『通信障害か』立候補者の声が心に届かない-有権者-(福岡・笑楽坊)」を、西日本新聞(7月5日付)の読者投稿「ひょうたんなまず」で見た瞬間、さまざまな場面での通信障害もどきを思いだして思わずニヤリ。
「野党の人からくる話はわれわれ政府は何一つ聞かない。生活をよくしようと思うなら、自民党、与党の政治家を議員にしなくてはいけない」とは、山際大志郎経済再生担当大臣が、7月3日に青森県八戸市の街頭演説で発したもの。
この問題発言について記者から問われて、「参議院選挙の候補者が地域の人たちの意見を国政に反映させてほしいと強調する文脈の中で、誤解を招くような発言になった」と釈明した。出ました「誤解を招くような発言」という、バカのひとつ覚え。
「権力を握っている政府は、野党議員を相手にしていません。野党候補者に投票しても、結局死に票ですよ。それを覚悟してね」と脅す、誤解したくても誤解できない発言。
国民、とりわけ野党支持者の声が政権与党から無視、黙殺される、「受信拒否」という政治的通信障害そのものである。
「発言は撤回しないのか」と記者から繰り返し質問されても、「慎重に慎重を期して、発言は丁寧にしていく」などと述べ、撤回を拒否した。
いいの、いいの、本音が分かったから。そして、議員の資格も大臣の資格もないこともネ。これで山際は瀬戸際。
お久しぶりの麻生発言
類は友を呼ぶ。山際氏の所属派閥は、麻生太郎自民党副総裁率いる麻生派。麻生氏も問題発言の手本を示す。
7月4日の千葉県市川市での街頭演説(朝日新聞デジタル記事7月4日 21時06分)。
「安全保障があるから、ひとがケンカをしかけてこないんだろ。子どものときにいじめられた子。弱い子がいじめられる。強いやつはいじめられないんだって。違いますか。国もおんなじよ。強そうな国には仕掛けてこない。弱そうな国がやられる。そういうもんでしょうが。『やり返される可能性が高い』と思われて、はじめて抑止力になる」などとして、いじめ問題になぞらえて安全保障体制や抑止力強化を訴えた。
この人の思考回路はすぐにショートする。いじめ問題とウクライナ侵攻、それに乗じたわが国の国防問題は無関係である。相も変らぬ短絡思考。
朝日新聞(7月6日付)は、身内の末松信介文部科学相ですら、7月5日の記者会見で、「一般論としてそういう決めつけはどうかなと思う」と述べたことを紹介する。
さらに、いじめ問題に取り組むNPO法人「ジェントルハートプロジェクト」の小森美登里理事の話を伝えている。
「強い、弱いという表現で決めつけ、分断する人権侵害の発言で、違和感がある。『弱いからいじめられる』というのは被害者に責任を負わせる言葉。加害者の置かれた状況という本質を考える機会が奪われてしまう。娘はいじめに苦しみ、自死する4日前に『やさしい心が一番大切』と言った。加害者の抱える問題を一緒に考える大切さを教えてくれた。政治家は、いじめ防止対策を担う組織づくりや、教員が研修に臨める環境整備に取り組んでほしい」
麻生氏と少なからぬ国民の間には、解消不能の通信障害が存在している。障害の原因は、麻生氏の思考とその回路にある。
海自呉総監の注目すべき「個人的感想」
戦う国づくりに前のめりになる人が多くなる中、海上自衛隊呉地方総監部(広島県呉市)の伊藤弘総監の発言に少しホッとした。
毎日新聞(7月6日付)によれば、伊藤氏は7月4日、参院選で防衛費増額が争点になっていることを記者会見で問われ、「個人的な感想」と前置きした上で「(増額を)もろ手を挙げて無条件に喜べるかというと、全くそういう気持ちにはなれない」と述べた。氏は社会保障費に多額の財源が必要な傾向に歯止めがかかっていない点を指摘し、「どの省庁も予算を欲しがっている中で、我々が新たに特別扱いを受けられるほど日本の経済状況が良くなっているのだろうか」と語ったそうだ。
国内で弾薬の確保を求める議論があることにも触れ、「仮にミサイルや弾を買ったとしても、それを撃つ船の手入れを怠ったら海に出ていけない」として、艦艇や航空機のメンテナンスの予算確保などへの理解を求めたとのこと。
もちろん防衛省も黙ってはいない。青木健至報道官は5日の記者会見で、「発言は総監個人のものだと承知している...」「防衛省としては、防衛力の抜本的強化にあたって裏付けとなる予算を確保していく考えだ」と強調したそうだ。
防衛族を含む防衛関係者の間にも通信障害があるようだ。これこそ国防の危機か。
怜悧かつ冷静な伊藤氏にお願いしたいことはただひとつ。ヤキを入れられて「誤解を招くような発言でした。今後は、慎重に慎重を期して、発言は丁寧にしていく」などと、無責任な政治家や官僚の真似はしないこと。
牧太郎氏(毎日新聞客員編集委員)は、『サンデー毎日』(7月17・24日号)で、「ウクライナ戦争を横目に、日本の政治家の多くが英雄気取りで『北大西洋条約機構(NATO)加盟国』でもないのに、ウクライナ支援を含めた『軍備拡張』を訴えている。当方から見れば、まるで米国兵器産業の『手先』になっているように見える」と記している。異議なし。
参院選の投票日まであとわずか。通信障害と無縁な候補者や政党にこそ、一票を投じる価値あり。
「地方の眼力」なめんなよ
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