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国境は誰が守るのか【小松泰信・地方の眼力】2022年8月10日

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「人間は愚かだよ。まだ戦争を続けている。一日でも長引けば人が死ぬ。死ぬのは偉いやつじゃない。下っ端の人間や女性、子ども、年寄りだ」と語るのは、空襲体験のある俳優、毒蝮三太夫氏(どくまむし・さんだゆう、86歳)。(西日本新聞8月9日付)

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戦争はひきょうな殺人

毒蝮氏は、1945年5月24日未明、空襲で逃げ惑い、九死に一生を得る。

「翌朝、焼け跡に子どもの革靴が落ちていた。拾うと、変に重い。片方に足首から先が入っていた。何も感じずに取り出して脇に置き、靴を履いた。爆風で飛ばされたであろうその子のことを考えたのは後になってから。極限状態で人間は狂う。(中略)戦争はひきょうな殺人。俺たちの世代でもうたくさんだ。戦争体験者は減っている。元気なうちは、いろいろなところで伝えたいと思っている」と語る。

ペロシ様ご一行の迷惑千万な置き土産

米国のナンシー・ペロシ連邦下院議長は7月31日、下院の民主党議員団を率いて、インド太平洋地域に位置するシンガポール、マレーシア、韓国、日本を訪問すると発表した。この時点で、歴訪スケジュールに、台湾は含まれていなかった。

しかし、8月2日夜、ペロシ様ご一行台湾到着。翌3日には台湾の蔡英文総統と会談し、「台湾の自由を守る米議会の決意を示した」との声明を出した。その後、韓国、日本を訪問した。

警告通り、中国軍は黙っていなかった。日本時間の4日午後1時から台湾周辺で軍事演習を開始した。

「米軍が裏書きしない訪問の結果、中国は台湾周辺で思う存分に軍事演習を行い、中台の暗黙の了解だった中間線の効力をぐっと弱めるのに成功した。台湾の蔡英文政権にとっては、実のところありがた迷惑だろう。今後は中間線が形骸化し、経済封鎖も考慮せざるを得なくなる」と記すのは、古賀攻氏(毎日新聞専門編集委員、同紙8月10日付)。

「米軍の軍事的圧力を背負って行くのならまだしも、火をつけただけでしょ。中国は今回、明らかに沖縄の先島諸島を射程に入れた訓練をしていた」という、小野寺五典元防衛相の冷ややかなコメントも紹介し、「ペロシ訪台と中国による威嚇は、まだ残っていた心理的なバリアーを取り除いてしまった感がある。危機に備えるのは大切だが、双方の警戒心が過度にエスカレートしていくとどうなるかは昭和の戦争が教える。きな臭さに慣れてはいけない夏だ」と警告を発する。

沖縄二紙は訴える

「なぜ、この時期なのか。理解に苦しむ。アジア歴訪中のペロシ米下院議長が台湾を訪問し、蔡英文総統と会談した。中国は猛反発し米中対立がさらに深まるのは避けられない。ペロシ氏の訪台は不用意に軍事的な緊張を高めた。偶発的な軍事衝突が起きれば、台湾と近接する沖縄も巻き込まれかねない。これ以上緊張を高めないため、米中両国に自制と対話を求める。日本政府も緊張緩和に向け外交的に働き掛けてもらいたい」と訴え、「波風を立てることを承知で訪台したのであれば、外交に値しない」と手厳しいのは、琉球新報(8月4日付)の社説。

「沖縄にとって台湾問題は人ごとではない」とする、骨身にしみた出来事を紹介する。
(1)1955年の台湾沖紛争を契機に米海兵隊が、山梨や静岡などから沖縄に移駐。それに伴い、土地が強制接収され「島ぐるみ闘争」に発展。
(2)中国と台湾が武力衝突した58年の台湾海峡危機の際、米国政府は中国本土への核攻撃を検討。米軍幹部は、そうなった場合、核攻撃を含む報復は「ほぼ確実」とし、対象に沖縄も含まれる可能性があると認識していた。
(3)日米は今年1月、南西諸島の自衛隊強化と日米の施設共同使用増加を発表。台湾有事を想定した自衛隊と米軍の共同作戦は、初動段階で米海兵隊が南西諸島に臨時の攻撃用軍事拠点を置く。軍事拠点の大半が有人島。

これらから、「有事となれば沖縄が真っ先に狙われ、住民が戦闘に巻き込まれる危険性が高まる。県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦の再来は決して認められない」と訴え、「米中首脳同士の対面による会談」の早急な実現を求めている。

沖縄タイムス(8月7日付)の社説も、「台湾に近い沖縄県にとっては、看過できない深刻な事態だ」と危機感をあらわにする。

「『台湾を孤立させない』というペロシ氏の強烈なメッセージは、中国による武力統一を警戒する台湾の人々を勇気づけたかもしれない。その一方で、東アジアの軍事緊張を著しく高め、米中関係や日中関係を悪化させたことも確かだ」とし、「ロシアによるウクライナ侵攻で、『武力による威嚇』や『武力の行使』に踏み出す心理的な垣根が低くなってきているのではないか」と、懸念する。

中国の軍備増強が著しい今ほど、「緊張緩和に向けた外交努力」が必要な時はないとし、「防衛力の強化だけでは、危機は回避できない」とする。

説得力ある島人(しまんちゅ)の言葉

中国軍の演習区域の1か所から60キロほどのところに位置するのが沖縄県の与那国島。日本最西端にあるこの島から、興味深い島人の声を届けたのはNHKニュース「おはよう日本」(8月7日朝7時台)。

高校、大学進学後、30年ほど前に島に戻った大嵩長史氏(おおたけ・のぶふみ、泡盛工場の工場長)は、万が一に備えることを意識しつつも、「島で人が暮らしていることの重要性」を強調する。

氏が帰島した30年ほど前には、いろいろな国の機関などがあったが、今はすべて撤退し、人口は微減傾向にある。

「『町がある』のと『島がある』のとでは違う。なるべく島に人がいる、減らないことです」との思いから、「島を活気づけることが国境を守ることにもつながる」と考え、観光協会の活動にも力を入れている。

「相手の国に通用するかわからないが、『そこに人がたくさん住んでいる』とだけでもしていかないといけない。より多くの人が来られるように、住めるように、魅力ある島にしたい」と願い、「ここに人を増やして、活気があることによって、日本の中のひとつの領土というか、与那国島があるんだという意識付け、位置付けにもなるんだと思います」と、誠実に語る。

この言葉を聞いたとき、数年前まで『食料・農業・農村白書』に載っていた、「農業・森林・水産業の多面的機能」の図を思いだした。日本学術会議答申を踏まえて作成されたこの図の中には、「国境監視機能」も付置されている。

取材した記者は、「多くの人が島に暮らし、観光客が増えて賑わうことが国境を支えることに繋がると理解してほしい」という大嵩氏の言葉に説得力があることを強調した。まったく同感。

「地方の眼力」なめんなよ

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