貧乏人と敗戦前後のすいとん【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第210回2022年8月18日
つい先日の8月15日は敗戦記念日だった。ところが終戦記念日と言われている。なぜそう呼ぶのかわからない、いまだに「敗戦」を認めたくないのだろうか。まあそれはそれとして、わが家の8月15日の昼食は「すいとん」と決まっている、それを食べて侵略戦争などしない国にしようと気持ちを新たにするためである。
私の子どもたちが小さい頃、戦争中はすいとんくらいしか食えなかったという話をすると、「ふーん、こんなうまいものを食べていたの」と言われる。それはそうかもしれない、何しろ今は肉入り、ジャガイモ・ニンジン等入り、調味料入りなのだから。
私は笑うしかなかった。家内は慌てて説明する、戦争中は肉や野菜などはなく、醤油や味噌すらないときもあり、塩汁にして食べるしかないときもあった、それはそれはまずかったのだと。
子どもたちがもう少し大きくなってから、私はこんな話をした。その昔の貧乏人のなかにはお米のご飯など食べられず、まずいが安くてすむすいとんを常食にする人もいたのだ。そうした貧乏人をつくりだしたり、戦争で食わざるを得なくしたりする社会をなくそうという気持ちを忘れないようにするために、敗戦記念日のお昼に戦中によく食べたすいとんを食べるようにしているのだと。
わかったのかどうかわからないが、子どもたちはともかく毎年おいしく食べたものだった。これはいつも夏休みに来る孫も同様、その習慣はいまだに続いている(といってもこの3年間は帰ってこなかったので、家内と二人だけで食べたが)。
戦中ばかりではなかった、平時でも貧乏暇なしの都市住民や農家はすいとんを主食として食べ、餓えをしのいだものだった。
名称や食べ方に地域による若干の違いはある(たとえば「はっと」とか「とってなげ」とか呼ぶところもある)が、つくり方の基本は全国どこでも同じで、小麦粉と水を混ぜて生地をつくり、それを手でちぎったり丸めたりして小さなかたまりにし、汁に入れて食べるものである。うどんやそうめんのように塩や食用油を入れたり、包丁などで整形したりもしないのできわめて安上がり、手間もかからず、金なし暇なしの貧乏人にはぴったりだった(だからということでもなかろうが、うまいものでもなかった)。
それは戦後も同じ、戦災による資材、労力、米不足のもとで、アメリカからの食料援助や輸入、農家からの強制供出で得た安い小麦粉の配給を受け、すいとんにして食べて飢えをしのいだものだった(もちろんいかにおいしく食べるか各家庭でいろいろ工夫したものだったが、何しろ食材不足、まずいという印象しか残らなかったようである)。
うまいまずいは別にしてともかくすいとんは米のご飯や大麦を入れた麦ご飯と同じく炭水化物を主成分とするエネルギー源の主食、いうまでもなくすいとんの原料は小麦、そば・うどん・パンの原料も同じく小麦、そうである、小麦も主食の一つなのである。
すいとん(地域により「はっと」とか「とってなげ」とかいろんな呼び名があるが、ここでは共通語としてこの言葉を使わせてもらう)、具材や調理の仕方等々地域により家庭によりさまざま違いがあるが、食べたことがおありだろうが、と書いてふと疑問に思った、今の若い方、とくに大都会で生まれた方のなかには食べたことがない方もおられるのではなかろうか。名前を知らないという方もおられるかもしれない、とするときわめて残念、すいとんは日本人の伝統食、これが21世紀に途絶えるなどということにはなって欲しくないし、作り方はきわめて簡単(パソコン検索して気に入ったやり方でやっていただければいい)、具材もあり合わせのもので十分、小麦粉と醤油もしくは味噌さえあればすぐにつくれる、インスタントラーメンよりは時間がかかるが、栄養・カロリーはたっぷり、何回か試しているうち気に入った具材をそろえて好みの味を使って自分の家のすいとんをつくりあげる、親戚や近隣のお年寄りから話を聞いて参考にする、できれば国産の小麦粉を使って、こんなことを考えてもいいのではなかろうか。
今年の8月15日もまた、敗戦当時のことを思い出しながら、小麦の産地ウクライナのことなどを考えながら、うまいわが家のすいとんを年寄り夫婦で食べた。
あの日の私の故郷山形と違って、今年の仙台は曇り時々雨の蒸し蒸しした昼だった。静かさは同じだったが。
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