【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】生産コスト上昇への対処~欧米酪農政策をヒントに~2022年8月18日
飲用乳価が11月から10円/kg引き上げられることが決まったのは一定の前進だが、飼料価格が30円/kg上昇しているため、まだまだ不十分との見方も強い。また、加工原料乳価も早急に引き上げされないと、北海道は我慢の限界で、都府県向けに「総飲用化」が進み、生乳流通は大混乱し、酪農家も共倒れ、乳業メーカーも消費者も大きな損失を被ることになる。何が必要か。欧米酪農政策から学びたい。
酪農家の動き
北海道十勝からは「限界が近づいている」、熊本県菊池からは「9割の酪農家が赤字で、数か月持つかどうか」、福岡からは「飼料価格の補てん制度の運営が限界に近付いて分割支払いになるため資金繰りがもたなくなる」といった切実な声が届いている。
十勝では、4月25日に続き、8月12日に、筆者も講演して、大規模な危機突破のための対話集会を開催した。菊池では6月29日の筆者の講演で大きな動きをつくろうとの意思統一がなされたのち、8月8日、500人規模の集会が実現した。千葉県でも連携した対話集会が計画されている。
8月12日の帯広の集会は、十勝酪農法人会と筆者が理事長を務める食料安全保障推進財団との共催で開催され、十勝酪農法人会会長((有)ドリームヒル)の小椋幸男氏、Jリード代表の井下英透氏、(有)川口牧場の川口太一氏、(株)サンエイ牧場の鈴木健生氏、といった生産者代表に加え、消費者サイドを代表して、ママエンジェルス・チェアマンの平山秀善氏に参加いただいた。
平山氏からは、「要望を効果的に政府に届けるためには、消費者を巻き込み、全方位的に動くことが大切」との提案があった。単に政府への要請を生産者サイドが叫ぶのではなく、生産者、消費者、メーカー、小売店、研究者などからなる民間ベースの「審議会」を設立し、消費者アンケートなども行って根拠データも揃えて、関係者全体の総意としての政策提案を「答申」としてまとめ、政治・行政に要望していく綿密なステップが提案された。このような消費者サイドとの連携による全方位的な取組みの強化も急がれる。
欧米での酪農の位置づけ
欧米では、牛乳を守ることは国民の命を守ることである。酪農は世界で最も保護度が高い食料部門だと言われているが、その理由について筆者の米国の友人のコーネル大学教授は「欧米で酪農の保護度が高い第一の理由は、ナショナル・セキュリティ、つまり、牛乳の供給を海外に依存したくないということだ」と言っていた。同様にフロリダ大学の教授も、「生乳の秩序ある販売体制を維持する必要性から、米国政府は酪農をほとんど電気やガスのような公益事業として扱っており、外国によってその秩序が崩されるのを望まない」と言っていた。
つまり、国民にとって不可欠な牛乳は絶対に自国でまかなうという国家としての断固とした姿勢が政策に表れている。
生産コスト上昇を補填するか乳価に反映するか
米国では、連邦ミルク・マーケティング・オーダー(FMMO)で、酪農家に最低限支払われるべき加工原料乳価は連邦政府が決め、飲用乳価に上乗せすべきプレミアムも2600の郡別に政府が設定している(図)。
さらに、2014年から「乳代-エサ代」に最低限確保すべき水準を示して、それを下回ったら政府からの補填が発動されるコスト上昇に対応したシステムも完備した(注)。
カナダでは州別MMB(ミルク・マーケティング・ボード)に酪農家が結集しているから、寡占的なメーカー・小売に対する拮抗力が生まれ、価格形成ができる。カナダではMMBを経由しない生乳は流通できない。そうしないと法律違反で起訴される。MMBとメーカーはバター・脱脂粉乳向けの政府支持乳価の変化分だけ各用途の取引乳価を自動的に引き上げていく慣行になっており、実質的な乳価交渉はない。
さらに、米国もカナダもEUも、政府による乳製品の買い上げによる需給調整と乳価の下支え制度を維持しているが、我が国は、畜安法改定で、こうした政府の役割を条文上も完全に廃止した。
フランスは農家のコスト上昇分を販売価格に反映する「自動改訂」を 政策的に誘導する仕組みもある(Egalim2)。
(注) 生産コストの上昇時には価格を指標にした制度では所得を支えきれないという問題をよりシステマティックに解決するには、全体の政策体系を「販売収入-生産コスト」を支える体系に組み換えるのが合理的だとの結論に至り、それが実現されたのが、2014年農業法(2018年農業法でさらに拡充)である。100ポンド(45.36kg)当たりの生乳販売収入(乳価)と生乳100ポンドを生産するための飼料コストとの差額=「マージン」が4ドルを下回った場合には、4ドルとの差額を基準生産量の90%について支払う政策を導入した。この制度に参加するには、1経営当たり年間100ドル(約1万円)の登録料の支払いのみが求められる。もし、4ドルを超えるマージンを保障してもらいたいならば、その経営者は、4.5ドルから9ドル(当初は8ドル)までの50セント刻みの保障レベルに応じて、追加料金(プレミアム)を支払って、保障レベルを選択できる(詳細は表2)。これが「酪農マージン保護計画」(Margin Protection Program=MPP、現在の名称はDairy Margin Coverage=DMC)である。生乳1kg当たり約9円で、登録料1万円で、100頭経営で約700万円の「最低所得保障」が得られるイメージである。
我が国への示唆
北海道では加工原料乳価が80%を占めるので、飲用が10円上がっても、加工原料乳価が上がっていないので、プール乳価は2円のupにしかなっていない。加工原料乳価引上げが必須である。そして、北海道の加工原料乳価を飲用乳価と同じだけ上げることは絶対不可欠である。飲用と加工との格差が輸送費の差を超えて広がりすぎると、次式のような乳価バランスが崩れ、北海道の我慢の限界となり、アウトサイダー流通も増え、北海道生乳の飲用化に歯止めがかからず、「南北戦争」激化で、生乳流通が大混乱に陥り、都府県も北海道も全酪農家が共倒れし、消費者も十分に牛乳を飲めなくなる。
加工原料乳価+補給金+輸送費=飲用乳価
80 + 11 + 25 = 116(円)
これを回避するために、まずひとつは、政策の役割がある。2008年に行ったような加工原料乳補給金の期中改定が必要である。そして、もうひとつは、ホクレンとメーカーとの取引乳価の期中改定である。
脱脂粉乳在庫が多いから加工原料乳価が上げられないというのは間違いである。需給緩和は酪農家の責任でない。クラスターによる政策誘導とコロナ禍が重なった政策の責任である。倒産しそうな酪農家に2.24円も在庫処理金を負担させ、酪農家の倒産を加速しても、乳価はそのままとは何という不条理か。酪農家が大量倒産してしまってから間違いに気づいても遅い。
しかし、消費者も所得が減り続けており、牛乳の値上げはつらい。一方、酪農家にはこれでは不十分である。そこで、今こそ、政策の出番である。農家に必要な価格と消費者が買える価格とのギャップ(の一部)を農家(または消費者)に補填して両者を助けるのが政治・行政の役割である。
乳製品の消費減少を回避するためにも、加工原料乳の取引乳価の引上げの前に、まず、補給金の期中改定が不可欠であるが、大きな問題は、現行の算定ルールでは、10円程度の補給金額にコストの変動率をかけるだけなので、ぜいぜい1円程度の引上げにしかならず、飼料代が30円上がっていても1円しか上がらないのでは、ほとんど意味をなさないことである。
2000年以前の保証価格の算定のように、コスト上昇分が額として反映されるような算定方式への変更が必要である。カナダやフランスでは、先述の通り、生産コストの上昇分だけ、政策価格や農家とメーカーとの取引価格が「自動改訂」される仕組みも工夫されている。
我が国でも、J-milkの前身である「酪農乳業情報センター」を設立して、コスト変化分を自動的に取引乳価に反映していく指標づくりに着手した経緯もある。前回は、小売サイドの参加が得られなかったため、頓挫した感があるが、再度、小売サイドにも参加要請して、こうした取組みを強化できないだろうか。
そして、価格や消費への影響を小さくして、コスト上昇や価格下落による酪農家の苦境を総合的に解決する対策としては、筆者がかねてから提案しているように、牛肉・豚肉にすでに行われている「マルキン」の酪農版がある。つまり、四半期ごとの生産コスト(家族労働報酬も含む)と乳価との差額の9割を補填する「酪農版マルキン」の導入が有効と考えられる。これは、米国の「乳代-エサ代」の最低補償制度「酪農マージン保護計画」を精緻化したものでもある。
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