小麦粉、うどん粉、メリケン粉【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第211回2022年8月25日
「うどん粉」、「メリケン粉」、私の子どものころ生家の炊事を担当していた祖母がよくこの言葉を使っていた。うどん粉は若干灰色がかり、メリケン粉は真っ白だったので、まったく違うものだと私は思っていた。実はともに小麦粉であり、メリケン粉はアメリカから輸入したもの、アメリカンがメリケンと聞こえるのでメリケン粉と呼ぶようになったのだと知ったのは、かなり大きくなってからだった。このメリケン粉からわかるように、小麦は戦前も外国から輸入されていた。ただし、ちょっと色が違うだけ、品種が違うだけで同じものだと思ってきた。
この小麦・小麦粉、これは私たち農家の子どもにとってなじみの深いものだった。農家のほとんどは多かれ少なかれ小麦を栽培して販売し、一部は石臼や水車などで挽いて粉にして自給してきたものだったからである。そしてうどん、そうめん、すいとん、てんぷらの衣、ゆべし等々、主食やおかず、おやつとして、さらには前に述べたように子どもの遊びにも小麦を使ったものだった(注1)。
なお、この小麦を粉にする場合に取り除く小麦粒の果皮や胚芽の部分は「麸(ふすま)」と呼ばれ、これは家畜の餌として大事にされた。
ただし、農家は自分でつくった小麦でパンはつくらなかった。それは買って食べるものだった。戦火のいまだ激しくならない幼いころそのパンを食べたという記憶はあるのだが、いつどんなパンを食べたのか、うまいと思ったのかそうでないのかなど覚えていない。覚えているのは戦時中の政府からの配給で食べたパンだが、せっかく長い時間行列を作って配給を受けたそのパンのまずかったことの記憶は強烈に残っている。
戦後のコッペパン、これはうまい、甘いと思ったもの、でもそれはおやつとしてであり。私は幸か不幸かパン給食の経験はなしで終わった。そして私は稲作+野菜作農家の生まれであり、米食大好き人間だったから、特に麦作に関心を持たないできたのだが、その間日本の麦作は輸入小麦により壊滅させられてしまつた。
なぜパンを日本人はつくらなかったのだろうか。子どものころの私はそんな疑問はまったく持ったことがなかった。パンなどめったに食べなかったからだろう。
そしてうどんはうどん粉からつくるが、シナそばも同じくうどん粉からつくるのだろう、などと思ってきた。
それがそうでない、メリケン粉とうどん粉は違うもの、うどん粉ではパンやラーメンはつくれず、メリケン粉からしかつくれないのだと知ったのは、かなり後のことだった。そしてうどん粉の原料となる小麦は軟質小麦といい、パンや中華そばの原料となる小麦は硬質小麦といい、日本ではその硬質小麦は栽培できず、輸入しかないのだということも知った。しかし、その軟質小麦もその低価格から外国産の輸入に依存するようになり、これまた消えていった。
ただし、一県だけ、がんばって作り続けた県があった。讃岐うどんで有名な香川県である。讃岐うどんだけは「国産」だった。ご存知のように香川県人のうどん好きは有名、ここで県産小麦をつくり、使い続けたのである。
ところが1963(昭38)年小麦が不作となり、それを契機にオーストラリア産のASW(Australia Standard White)小麦が輸入された。これでつくられたうどんは国産に比べて色が白く、見栄えがいいので、消費者の評判が非常によかった。しかも価格は安いと来る。それでASW小麦に合わせた製粉機・製粉方法が普及し、後には讃岐うどんの原料はほとんどそれに変わり、香川の小麦は壊滅状態になった。
かくしてうどん粉も全国すべて外国産の小麦粉に変わってしまった。
などと知ったかぶりをして書いたが、実はこのことを知ったのは今から20年前、北海道・網走の東京農大オホーツクキャンパスにいるときだった、私の研究室にいる香川県に祖父母をもつ女子学生HRさんの書いた卒業論文を見てである。実は私、それまでまともに西日本の麦作について調査研究したことがなく、お恥ずかしい限り、こうした知識はほとんどなく、非常に勉強になった、それで私も改めて麦作について勉強するようになった。もちろん今は研究教育のためではなく、自分の知識欲を満足させるためなのだが。その一端をここで書かせてもらっている次第、その小麦の話をもう少し続けさせていただく。
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