生産者を見殺しにするな【小松泰信・地方の眼力】2022年9月14日
「牛乳が飲めなくなる?! 日本の酪農が危機」というタイトルで、栃木県那須町の牧場からの中継を交え、苦境に立つ酪農経営の実情を放送したのは9月9日のNHKニュース「おはよう日本」(7時台)。
10円/kgの値上げじゃ生活できない酪農家
牧場の三代目遠藤拓志氏(45)は、飼料代、電気代、燃料費代などあらゆる生産コストが高騰している中での酪農経営について、「今まで20年酪農をしてきて、経験したことないほど大変です。本当に......」と、厳しい経営状況を語る。7割以上を輸入に依存している飼料代の値上がりが痛い。とりわけ配合飼料は20年前の2倍にもなっている。
一方、この間、店頭で売られている牛乳小売価格はほぼ横ばい。経営が悪化するのは誰の目にも明らか。
関東地方の生産者団体は生乳1kg当たりの生産費が25円以上上昇しているとして、今夏、乳業メーカーに生乳取引価格の値上げ交渉を行った。
結果は、「令和4年11月1日から10円/kgの値上げ」だった。
「もうガッカリでした。全然足りない。10円の値上げじゃ生活できないですよ」とは遠藤氏。
交渉に当たった関東生乳販売農協連合会の担当者によれば、メーカー側は値上げによって消費が減ることへの懸念を繰り返し、「これ以上、いたずらに交渉を重ねても、残念ながら11円、12円にはしない」と最後通告。苦渋の決断で、10円値上げでの手打ちとなった。
経営継承に赤信号
遠藤氏を襲うもう一つの難問があった。国はこれまでさまざまなインセンティブを提示して生乳の増産を奨励してきた。遠藤家も3代続いた経営を次代につなげるため、3年前に1億円以上の借り入れなどで牛舎を更新した。しかし、資金返済の見通しは立たない。
同様の悩みを多くの酪農家が抱えている。氏の酪農仲間もその窮状を語っている。
「今月で言えば、うちももう赤字に転落。100万円、200万円足りない月が出てきたときどうしようか......」
「今やめるのも、ひとつの良いタイミングなのかなと思う。しかし実際やめられるかと言えば、やめられない。すでに借金はあるし、それをどう返していくのか。会社勤めで返していける額でもない。来春までにどういう風になっているのか、本当にわからない......」
コストアップに追い詰められている酪農家が手をこまねいているわけではない。できるだけ安価な飼料の購入や自給飼料の生産拡大等々、打てる手は打ち終わっている。
「今どういうことを求められていますか」とキャスターに問われて、「消費者には価格が上がって大変だとは思いますが、酪農家のためだと思って牛乳とか乳製品をたくさん消費してください」と、遠藤氏は気丈に語った。
不可欠な国の支援
農業協同組合新聞(JAcom)(7月21日付)は、交渉に当たった関東生乳販売農協連合会が「中長期的な施策も必要だが、まず酪農家が生き延びられる対策が必要だ」として、配合飼料価格安定制度の異常補てん金基金の国から積み増しのほか、価格が高騰しても補てんの対象にならない輸入乾牧草への支援の必要性を訴えるなど、乳価引き上げで補えない部分は国の支援を求めていくことを報じている。
そして9月12日、明治は牛乳やヨーグルトなど115品について、11月1日出荷・受注分から順次値上げすることを発表した。「コスト上昇を吸収すべくさまざまな対策を講じてきたが、現状の価格による販売継続が難しい状況となった」と説明。
ほかの乳業メーカーが、明治に追随して値上げに踏みきるのは時間の問題である。
価格転嫁の必要性が強調されてはいるが
日本農業新聞(9月3日付)の論説は、「生産コストに基づいて農産物の適正な価格形成を促すフランスの『エガリム法』」を参考にして、「日本も消費者に理解を促し、適正な価格転嫁ができる環境整備が必要」としている。「このままでは農業をやめる人が続出する」との声が農家からあがる中、「適正価格で販売できる仕組みを構築しない限り、最終的に農業者にしわ寄せがいく」とする。
また、産直アプリの運営企業が実施した消費者への調査で、8割が農産物の価格上昇を「許容できる」と回答したことなどから、生産現場の窮状を発信すれば、「価格転嫁への理解が得られる可能性がある」と踏んでいる。
同紙(9月13日付)の論説も、「持続可能な稲作に向け、消費者理解を得た上で適正な価格転嫁が欠かせない」ことを強調する。さらに「米は家計に優しく、国内で自給できる数少ない品目だ。国内で安定的に生産され、いつでも購入できる。こうした環境は、国民の命を支える上で重要だ」とし、「主食の米を自給できる意義を幅広く発信し、価格転嫁への理解を促す時だ」と訴える。
糸島市の英断
「大きな打撃を受けている農業者の収入を確保した上で、買い取る米を有効に活用する」として、国の新型コロナウイルス臨時交付金を活用する形での支援を決めたのは福岡県糸島市。
西日本新聞(9月9日付)によれば、経営が圧迫されている市内の米農家を支援するため、JA糸島が在庫として抱える2021年度産米162トンを買い上げ(事業費は4,139万円)、家畜飼料用として90トン、生活困窮世帯や子ども食堂などへの「支援米」として72トンを活用する方針とのこと。これによって、市は「基幹産業の農業を守り、生活困窮者などの食料確保にもつながる」としている。
支援米として活用するものは「糸島市からの贈り物」と銘打って、無洗米に加工し、市社会福祉協議会、県こども食堂ネットワーク、大学などを通じて生活困窮世帯や学生に届けることになっている。
農畜産物を対象とした価格転嫁制度の構築には、高くて多数のハードルがある。構築されたとしても、時すでに遅しの感あり。
今求められているのは、徳俵で踏ん張っている生産者の背中を支え、押し返してやる政策的支援である。言葉だけの「丁寧な説明」は無用。可及的速やかに講じなければならないのは、「生産者を見殺しにしない」という、強固な信念に基づいた支援のみ。
「地方の眼力」なめんなよ
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