基本法は大局観持て 小内敏晴 群馬・元JA佐波伊勢崎常務【リレー談話室】2022年10月11日
8月10日付の農協新聞でJA全中の中家徹会長の「迫る食料危機 農業資材高騰で悲鳴を上げる生産者」と言う記事を拝見しました。この中で食料・農業・農村基本法(基本法)の見直しの動きについて言及されていましたが、農業基本法に代わる基本法制定に強く反発したことが思い出されます。
JA職員から役員を経て、定年帰農をしている私にとって、農村の現実は当時よりさらに深刻度を増し、生産現場は崩壊寸前と表現しても過言ではありません。その結果がJAの経営環境をじりじりと追いつめていると感じています。
中家会長も言っておられますが、担い手経営体に経営資源を集中し強い農業を実現するという単純な発想では、今や立ち行かないのは明らかです。
基本法制定当時50歳~60歳であった担い手もしくは、営農組織の構成員はすでに70歳~80歳です。その経営体の経営内容は様々でしょうが、必須であるはずの後継者は育成されているでしょうか、私の周りでは悲惨な状況です。
私の地域の実情を述べれば、担い手だけが活用できる数々の補助制度を活用して、規模拡大を図ったものの、借入金は残っており、辞めるに辞められない。何よりも規模拡大で確保した農地の次の受け手がすでに皆無となっています。
なぜなら、担い手の規模拡大に協力した農家は、すでに農家ではなくなっています。いま農地を戻されても、農業知識もなければ、農業機械もありません。
今さら昭和初期の手作業、人海戦術に戻れるわけがありません。基本法は我が国の農業を誤った方向に変えてしまったのです。中家会長の言う兼業や副業など、多様な担い手は、当時こそ確保すべき対象でした。
大規模農家育成や企業参入(特に耕種農業での)では、早晩立ち行かなくなると現場を知っている人なら分かっていたはずです。
特にコメ作りという視点から見れば、大規模化で乗り切れると思うには、あまりにも楽観的な見方でした。私がいうのは優秀な個々の経営体が成立しないという意味ではありません。地方あるいは地域というゾーンで考えた場合はということです。
我が国の農業の特徴を述べる際、山林が多い国土や人口密度、個々の耕地面積などを挙げる人は多いが、急峻であることを上げる人は少ないような気がします。棚田などの山地だけでなく、平野部も含めて急峻なのです。
たとえば私の住んでる伊勢崎市から東京湾まで直線距離で80kmですが、高低差は50~70mです。急峻ではないように感じますが、50km北に行けば2000m級の山々が鎮座します。
日本の水田のほとんどは大河川の扇状地で、この扇状地に概ね、10a程度に区分けし(あくまで平地です)平均10~20cmの高低差を付け、四方に土塁と用水路(1/1000から1/500の勾配)を配し稲作を営んでいたわけです。
勾配がきつければ水は早く流れます。水上谷川連峰から東京湾まで150km、歩く速さの倍の速度6kmを流速とするなら、僅か25時間で海に達します。山岳地帯に降った雨は何の障害もなければ、日本一の関東平野でさえ、一日で海に流れ着くということです。
世界の穀倉地帯を見ると見渡す限り平坦で、大河はとうとうと水を溜め、まるで流れが無いように見えます。日本一の流域を持つ利根川でさえ、世界的に言えば大変な急流です。
大きく見れば山間地だけでなく、日本の耕地は段々畑(水田)なのです。この水田に水を供給するために、大きくくねらせたり、ため池を設置したりと、滞留時間を長くする仕掛けを造ってきました。これが正に治水です。
回りくどくなりましたが、極端な大規模化は効率化の観点から、これを破壊し、再整備することです。これはもともとの耕地特性を無視するもので、全国的に言えば大規模化も行き詰まっているとも言えます。
最近の豪雨時、農地に隣接する市街地での浸水騒動は、この多くが大規模土地改良による河川の直線化が原因と思われるものが見受けられます。規模拡大と生産の効率化はもちろん必要ですが、我が国の耕地特性からして、限界があることを、そろそろ学習してもいい頃だと思います。
ウクライナ危機で改めて思い知らされたのは、防衛力とエネルギー、そして食料確保です。基本法制定から20年、年々の食料自給率の低下を踏まえ、改めてEU諸国の所得補償を核とする農業政策の重要性が再認識されます。
今考えるべきは、その地域の特性に応じた中規模農家の育成です。これを支える所得政策こそが、我が国農業にとって最も重要なことは、この20年の結果が示しています。我が国、国民の生命と財産を守ることが国の責任であるならば、今こそ国は小規模も含む多様な担い手の確保と市街地も含めた農地保全に舵を切るべきだと考えます。
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