インボイスの前にこのボイスを聴け【小松泰信・地方の眼力】2022年10月26日
10月23日NHK「おはよう日本」7時台は、「インボイス制度」を取り上げた。冒頭で、2023年10月実施予定のこの制度によって、「税金の負担が増えるのでは」「取引先から仕事がもらえなくなるかも」「廃業せざるを得ないか」といった中小事業者の心配の声が紹介された。
インボイス制度が免税事業者に迫るもの
インボイス(invoice) とは「送り状」や「請求書」を意味するが、消費税の仕入税額控除方式(後述)として2023年10月に導入予定の「適格請求書等保存方式」の通称となっている。
軽減税率の導入を契機に、10%と8%の複数税率に対応した、税金の発生を証明するために、消費税を受け取る「売り手」側の事業者が、「買い手」側にインボイスを発行する。
商品やサービスを販売した事業者は、受け取った消費税から、材料などを仕入れたときに支払った消費税を、差し引いた額を納税する(いわゆる「仕入税額控除」)。これまでは帳簿があればこの控除が認められていたが、インボイス制度が実施されれば、インボイスがなければ「仕入税額控除」が認められなくなる。その分、納税負担が増すことになるため、インボイスを発行できない業者との取引をやめ、インボイスを発行する事業者との取引を行うか、税金部分の値下げを要求することが想定される。
年間課税売上高が1千万円以下の消費税納税を免除されている「免税事業者」は、このインボイスを発行できない。
免税事業者は、生き残るために課税事業者になるか、廃業の可能性をはらみながら免税事業者のままでいるか、二択を迫られる。
浦尾広明氏(税理士)は、「免税事業者が課税事業者になったとしても、複雑なインボイスを発行するシステムの導入費用や維持費がかかります。個々の取引でインボイスを発行することは、とくに零細な事業者には重い事務負担となります。罰則も大変重くなっています」と、課税事業者に生じる負担の重さを指摘する(しんぶん赤旗日曜版、9月25日付)。
財務省によれば、「事業者免税点制度」と呼ばれる免税制度の趣旨は、「小規模な事業者の事務負担や税務執行コストへの配慮から設けられている特例措置」とのこと。だとすれば、「事務負担や税務執行コストへの配慮が不要になった」理由について、丁寧な説明が求められる。
政府は苦しむ人の声を聴け
すでに、しんぶん赤旗(2021年9月27日付)は「主張」で、「個人タクシー業者は、免税業者のままでいれば、インボイスを必要とするビジネス客から利用を避けられ、旅行会社から発注を打ち切られかねない」「シルバー人材センターで働く70万人の会員は、センターから業務を委託される個人事業主。センターが仕入税額控除をするには会員のインボイスが必要。平均年収40数万円の会員が課税業者になって消費税を負担させられるか、報酬から消費税分が引かれる可能性がある」「9割が免税業者の農家や、ウーバーイーツの配達員など単発で仕事を請け負うフリーランス、文化・芸術・イベント分野で働く人たちも同じ影響を受けます」と、それが及ぼす悪影響を示し、「政府はこの声に耳を傾けるべきです。インボイス制度の中止はもちろん、コロナ禍で納税困難な業者には消費税を減免することこそ必要」と訴えた。
農業に及ぼす看過できない悪影響
農業者に関わる主な特例として次のふたつがある。
(1)農協特例:農業者が農産物を「無条件委託方式・共同計算方式」でJAに販売委託をしたとき、農業者はインボイスの発行を免除される。
(2)卸売市場特例:JAへ販売委託した野菜等が卸売市場で実需者に販売されるとき、農業者はインボイス発行を免除される。
この特例措置を踏まえつつ、日本農業新聞(9月26日付)は、子牛市場での取引は「卸売市場特例」の対象外となるため、「繁殖農家は子牛価格の下落を不安視する。インボイスを発行できない繁殖農家から子牛を仕入れる可能性がある肥育農家は、納税負担の増加に気をもんでいる」などの例をあげ、政府に万全の対応を求めている。
農民連(農民運動全国連合会)が出している新聞「農民」(10月24日付)は、「そもそもインボイスは免税事業者つぶしの制度です。財務省は免税事業者の4割が課税事業者になることを選択し、2480億円の税収増になると見込んでいます。こんな制度を許すわけにはいきません」と、怒りと危機感をあらわにしている。
「インボイスが発行できなければ取引から排除されるか、『消費税分の値下げを』などと迫られるおそれがあります」
「農業法人では、従事分量配当を行うために法人の構成員みんながインボイスを発行しなければなりません」
「酪農家や肥育農家は事業規模が大きいので課税事業者になっています。仕入税控除をするため、酪農ヘルパー・個人獣医・受精師・削蹄師などからインボイスを発行してもらう必要があります」
「堆肥センターへの牛糞持ち込みや、逆に堆肥散布の作業委託料、中古農機具の下取りでもインボイスが必要です」
「小規模の繁殖和牛農家は子牛のセリの時に、インボイスの有無で販売価格に差がつく可能性があります」
「農協特例は『無条件委託販売・共同計算』が原則で、支払われる米代金は、どの農家も同じです。その結果、インボイス発行のために課税事業者になった農家は、受け取った米代から消費税を納税することになります」
「慌ててインボイス発行のために一度課税事業者になると、農業経営が赤字でも消費税が発生し、来年の12月1日までに登録取り消しの届け出を出さないと、2年間は消費税を払い続けなければなりません」
「産直センターも出荷する免税農家の対応で苦しい判断を迫られており、インボイスで経営基盤を根こそぎ壊されかねません」
ここに示された問題点は、看過できない悪影響を農ある世界に及ぼすことになる。農協特例や卸売市場特例ごときのあめ玉で済むはずはない。政府与党に「万全の対応」を求めても、子どもだましのあめ玉がほんの一握りの熱烈支持者に渡されるのが関の山。
STOP!インボイス
「農民」は、「免税制度は小規模の農家経営を守る制度であり、権利です。この免税制度がなくなれば、家族農業は営農の権利を奪われ、経営をやめるしかありません」と記している。
この指摘は、家族経営に限らず、わが国約500万の免税事業者に共通することである。たかが2480億円の税収増と引き換えに、免税事業者の多くを苦境に陥れ、最悪の場合廃業に追い込むことが、いかに愚かしいことかは明らかだ。
「地方の眼力」なめんなよ
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