食糧安保の俗論を排す【森島 賢・正義派の農政論】2022年11月7日
食糧安全保障についての俗論が横行している。この俗論は糺さねばならない。
ウクライナ紛争のさなかにあって、また、それを契機にした米国一強期から中米抗争期への歴史的な転換期の入り口に立って、食糧の安全保障は、国家の安全保障と並び、国家が存続するための最重要な問題になっている。
世界の穀倉であるウクライナでは、紛争のさなかで穀物の輸出が滞っている。また米国ではウクライナ紛争が原因して、食糧価格がエネルギー価格と並んで、歴史的な高騰をみせている。
その一方で、わが国の状況をみると、緊張感が弛緩している。そのなかで、食糧安保についての俗論が横行している。
いくつかの俗論がある。その中で、平時には輸出し、非常時になったら輸出を禁止して、国内に供給すればいい、という俗論を考えよう。もちろん、これは穀物、つまり日本のことだから米についての政策である。
上の図は、米の輸出の実態で、どこへ輸出したか、を示したものである。アジア、ことに東南アジアへの輸出が圧倒的に多いことが分かる。
米の輸入自由化は、ウルグアイ・ラウンドで決まったのだが、当時から「攻めの農政」という好戦的な名前で、米を輸出することが議論された。
それ以後、米の輸出が農政の大きな柱になった。そして、この政策を食糧安保に位置づけた。平時には増産して輸出し、非常時になれば輸出を禁止し、国内に供給すればいい、という考えである。
◇
だが、輸出量は低迷したままで、最近の輸出量は、僅か2万トンである。国内生産量は815万トンだから、その0.2%にすぎない。これは、惨憺たる結果である。
その一方で、ウルグアイ・ラウンド合意の結果だとして、毎年88.5万トン程度の米を輸入している。その分、国内生産量を減らし、食糧安保を危うくしている。だが、俗論の論者たちは、このことに目を向けない。
◇
だからといって、米の輸出に反対というわけではない。米作農家を力づけているし、極めて僅かではあるが、食糧安保に貢献してもいる。
だが、食糧安保政策として、その柱に掲げ、鳴り物入りで宣伝し、自賛するほどのものではない。もっと他に、知恵と力を注ぐ政策がないのか。
せめて、2万トンで低迷している原因を究明すべきではないか。
◇
原因究明の道筋は、次のようにすればいい。
まずは、米価である。
世界の米の生産量の89%は低所得のアジアで生産している。つまり、米はアジアの穀物である。だから、日本の米の輸出は、冒頭の図で示したように、僅かとはいえ、米となじみの深いアジアが多い。アジアの生産者は低所得だから生産費は低い。消費者は低所得だから高い価格の米は買えない。だから日本の米価とは、まるで違う。だから、まともな勝負はできない。
つぎは、食味である。
品種をみると、日本人好みのジャポニカ種は、北東アジアで生産しているだけで、世界の生産量の約15%と少ない。他はパサパサしたインディカ種で、東南アジアの人たちの食味に合っている。そして、この食味の米を数千年間食べ続けている。日本の米は食味がちがう。だから、まともな勝負はできない。
◇
このような事実をみると、日本の所得が、いまの東南アジア並みに下がらないと、米の輸出は期待できない。しかも、数千年前から続いている東南アジアの人たちの食味が変わるまで待つしかない。
つまり、日本にとって米の輸出は期待できない。このように、食糧安保政策としての米輸出は俗論であり、根拠のない粗雑な暴論である。
◇
では正論は何か。
それは愚直にカロリー生産力の多い穀物、日本では米、を減反水田で増産すればいい。増産できる余地は、充分にある。
減反水田で増産した米で、新しい需要を創出すればいい。その余地は充分にある。
新しい需要の1つは、家畜の飼料である。豚や鶏は米を飼料にし、牛は稲わらも飼料にすればいい。
もう1つは、米粉で作る日本パンである。アメリカは白くて柔らかいパンがパンであるように、フランスは固い皮のパンがパンであるように、日本は米粉で作ったモチモチしたパンをパンにすればいい。
そうすれば、米は国内生産量を増やせるし、小麦とトウモロコシの輸入量を大幅に減らすことができる。その結果、食糧自給率を高めて、食糧安保を強化できるだろう。
(2022.11.07)
(前回 中国共産党の第20回大会を祝う)
(前々回 食糧安保政策の理念)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)
重要な記事
最新の記事
-
【年頭あいさつ 2025】国際協同組合年機に反転 村上光雄 一般社団法人 農協協会会長2025年1月2日
-
【年頭あいさつ 2025】基本法理念 実現の時 江藤拓 農林水産大臣2025年1月2日
-
【年頭あいさつ 2025】基本法の具体化に全力 山野徹 全国農業協同組合中央会 代表理事会長2025年1月2日
-
食と農を未来へつなぐ【年頭あいさつ 2025】折原敬一 全国農業協同組合連合会 経営管理委員会会長2025年1月2日
-
【年頭あいさつ 2025】利用者本位の活動基調に 青江伯夫 全国共済農業協同組合連合会 経営管理委員会会長2025年1月2日
-
【年頭あいさつ 2025】つながり強化戦略推進 奥和登 農林中央金庫 代表理事理事長2025年1月2日
-
【年頭あいさつ 2025】医療、福祉の充実に一丸 長谷川浩敏 全国厚生農業協同組合連合会 代表理事会長2025年1月2日
-
【年頭あいさつ 2025】『家の光』創刊100周年 JA教育文化活動支援に尽くす 栗原隆政 (一社)家の光協会 代表理事会長2025年1月2日
-
【石破総理 新春インタビュー】政治の大転換期、新たな農業政策へ どう一歩踏み出すか(2)2025年1月1日
-
【石破総理 新春インタビュー】政治の大転換期、新たな農業政策へ どう一歩踏み出すか(3)2025年1月1日
-
【石破総理 新春インタビュー】政治の大転換期、新たな農業政策へ どう一歩踏み出すか(4)2025年1月1日
-
2025年度 農林水産関係予算 2兆2706億円 前年より20億円増2024年12月27日
-
【特殊報】モモほ場で「モモ果実赤点病」県内で初めて確認 愛知県2024年12月27日
-
【特殊報】ブドウにシタベニハゴロモ 県内の果樹園地で初めて確認 富山県2024年12月27日
-
【注意報】かぼちゃにアブラムシ類 八重山地域で多発 沖縄県2024年12月27日
-
米輸入めぐるウルグアイ・ラウンド(UR)交渉 過度な秘密主義に閣僚も「恥」 1993年外交文書公開2024年12月27日
-
1月の野菜生育状況 さといも以外の価格 平年を上回る見込み 農水省2024年12月27日
-
(416)「温故知新」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年12月27日
-
東京23区の12月の消費者物価 生鮮食品の前年同月比は2桁増2024年12月27日
-
JA全農あきたがスマート農業研修会 農機・担い手合同は初2024年12月27日