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食糧安保の俗論を嗤う【森島 賢・正義派の農政論】2022年11月14日

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食糧安保とは、食糧の安全保障のことである。旨い食べ物をたらふく食べたい、というものではない。そんな呑気なものではない。
それは、国民を飢餓から解放し、餓死から救う政策である。つまり、国家の存亡を賭けた政策である。いま日本の進む先には、そこへの崖っ淵がある。
日本はいま、高齢の農業者だけが残り、若い農業者が激減し、食糧安保が危機的状況にある。そのことが、ウクライナ紛争を契機にした、世界的な食糧危機のなかで、あらためて露わになった。
この危機は、市場原理では乗り越えられない。だから、政治が市場に乗り出して、食糧安保のための政策を行うことが必要になる。
このことが分からずに、市場原理を使って食糧安保を図れ、という俗論がある。そんなことが出来るのなら、食糧安保などという特別な政策は必要ない。国家は、市場でドロボーを取り締まっているだけでいい。

この俗論によれば、食糧安保のために農業者が行うべきことは、まだまだあるという。農業者は、コスト削減のために、もっと努力せよという。そうすれば、輸入品と市場で競争して勝ち残れる。つまり、自給率を上げられるという。そのように、地に根をもたない天の上から説教を垂れる。

農業者に、もっと努力を求めるこの説教は、耳を傾けるべき点が一部にあるかもしれない。

だが、ここでの主題は、食糧安保である。対象になる農産品は、食糧エネルギーを産出する穀物である。微量栄養素を産出する野菜や果物ではない。これを混同する議論は、粗暴な俗論というしかない。

古今東西の歴史をみるまでもなく、微量栄養素が不足したからといって、社会問題になり、大規模な抗議運動が起きたことはない。社会問題になるのは、空腹を満たすための穀物が不足になる場合である。

食糧安保の俗論を嗤う

さて、上の図は、穀物の供給量を国内生産量と輸入量に分けて、この約60年間の推移をみたものである。

最近の2021年と1960年を比べると、輸入量は5.3倍に増え、国内供給量は44%減った。これから穀物自給率を計算すると、1960年は79%だったが、昨年は29%にまで下がった。

食糧安保にとって、このことが基本的な事実である。食糧安保政策は、国内の穀物生産の増強による自給率の向上にこそ、その本道がある。

なぜ、穀物自給率は、これほどまでに下がってしまったのか。

農地が少なくなったからではない。広大な減反水田が全国のどこにでもある。

農業者にとって、農業の魅力がなくなったからではない。広大な土地で穀物を作りたい人は、全国に大勢いる。

しかし、穀物を作っていたのでは、人並みの生活ができない。

これは、市場原理主義の結果である。

ここに食糧安保問題の根本がある。ここに切り込まないかぎり、食糧の安全保障はない。

つまり、食糧安保政策の本道は、穀物生産者に安心して人並みの生活を保証することである。そのための政策を立案し、実施することである。これを軽視する食糧安保論は、目くらましの、そして嗤い倒すべき俗論でしかない。

(2022.11.14)

(前回   食糧安保の俗論を排す

(前々回  中国共産党の第20回大会を祝う

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