「見える化」による現物市場がコメ業界に与える影響【熊野孝文・米マーケット情報】2022年12月6日
農業競争力強化支援法が成立、農業の「見える化」が促進されることになった。それを担ったのが、資材の見える化ではソフトバンクの「アグリル」、研究の見える化が農研機構の「アグリサーチャー」、流通の見える化が流通経済研究所の「アグリーチ」である。その流通経済研究所がコメの現物市場の運営者として手を挙げた。流通の見える化を担うところがコメの現物市場の運営者になることでどのような変化が起きるのか予測してみたい。
「アグリーチ」とはそもそも何なのか?コメ業界では馴染みが薄いので、少し紹介したい。
流通経済研究所のホームページには、アグリーチ(agreach)について「農林水産業に関わる事業者の情報を見える化(透明化)し、生産者・卸売市場・バイヤーをつなぐためのマッチングシステムです。アグリーチにはさまざまな生産者・卸売市場・バイヤーの情報が登録されており、検索して取引先となる企業を探したり、コンタクトをとったりすることが可能になります」と記されている。設立は2017年で5年目を迎える。5年経過したということには意味があり、このシステムは農水省の補助事業で立ち上げられたもので、5年経過して補助事業がなくなったことで、システム内に決済機能を持たせて売り買いを行って利益を得ても民業圧迫にはならない。現在は売り手買い手の紹介業務にとどまっているが、来年3月にはコメの決済業務ができるサイトを立ち上げることにしている。
現在、生産者の登録者数は850軒で、このうちコメの生産者は150軒。コメの卸や小売が登録会員になって、岩手のコメを仕入れたいと思って検索すると、岩手県のコメ農家が出てきて銀河のしずくを2.8haで生産しており、岩手県版GAPを導入などと言った細かい情報が見られ、生産者と直接コンタクトできるようになっている。
なぜ、コメの現物市場の運営者として名乗りを上げたかというと農水省が今年3月にコメの現物市場に関する「制度設計」についてと題する1文を公表したことによる。この中に現物市場(マッチングの場)として大口取引と小口取引の手法が記されており、小口取引のところに※印(コメ印マーク)で「事務処理にデジタル技術を活用」と記されている。※印マークを見てアグリーチで「コメの現物市場が可能」と言って農水省に提案書を提出した次第。幸いなことにコメ業界からは誰も手をあげるところがなく、自動的に流通経済研究所が運営主体になった。
こう記すとたまたま流通経済研究所が現物市場運営主体になったように思えるが、実際はそうではない。それは、流通経済研究所は農水省が推進しているスマートお米チェーンのプラットホームづくりに協力してきたことからも明らかである。
スマートお米チェーンについては、農水省のホームページに22ページにわたりその活動内容が公表されているので、そちらを見ていただきたいが、本当にそんなことができるのかと思えるほどの内容のてんこ盛りである。中には日本米の価値化を図るためにAI解析による日本米の味覚マップを作成するというものまである。最大の狙いはコメの持つ様々なデータを解析、表示することによって価値を最大化するというものだが、流通経済研究所が現物市場の運営主体として名乗りを上げたのも同じ考えによる。自ら運営主体になることによって現在のコメの価値を決める基準になっている「産地銘柄からの脱却」を目指している。
その手始めになるのがコメのデータによる取引である。オンラインシステム上で取引するにはデータに頼るしかないが、スマートお米チェーンのフォーマット素案には販売物に関する情報としてなんと51項目もあげられている。そこまでの情報を入力する必要はないが現物市場で取引されるためのデータであれば、穀粒判別器のデータでも価値判断ができるようになっている。
以前、このコラムでコメの電子取引の最終的な手法としてブロックチェーンによる取引を目指していることを紹介、小学生をいきなり金融工学部に放り込むようなものだと記したが、流通経済研究所が現物市場で取引するのも電子取引には違いなく、否応なくコメ業界もその世界に入り込まなくてはならず「これは避けて通れない」。とりあえず小口取引で有機米に関するデータを充実させることにしている。これも農水省が推進するみどりの食料戦略に沿ったもので、コメが有機米にならない限り100万haという目標は達成不可能で、現物市場で「有機米の相場観」を作ることにしている。大口取引は農協系統と大手卸の事前契約を母体に価格形成を図ることにして出資を募る。
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