ニセ情報にご用心【小松泰信・地方の眼力】2022年12月14日
NHKの最高意思決定機関である経営委員会は、12月5日に前田晃伸会長の後任に日銀の元理事の稲葉延雄氏を任命することを全員一致で決めた。
NHK会長の選出方法に異議あり
「ほかに誰が候補として挙がり、どんな議論を経てこの人に決まったのか、まるで分からない」で始まる信濃毎日新聞(12月7日付)の社説は、「放送や報道の仕事に携わった経験がない稲葉氏に、公共放送、報道機関としてのNHKのあり方にどこまで深い考えがあるのか。何より肝心なところが見えない」と、この人事に疑問符を打つ。
さらに、「岸田文雄首相は既に先月下旬、自民党の麻生太郎副総裁に稲葉氏を起用する意向を伝えている。別の経済人の起用を探る動きもあった党幹部らへの根回しを済ませた上で、経営委による選出の手続きを踏んだにすぎない」と、「政治の介入」を憤る。
今回の会長選出をめぐっては、市民団体「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」が、前川喜平氏(現代教育行政研究会代表、元文科省事務次官)を推薦し、4万4千筆余の賛同署名を経営委員会に提出したことを紹介し、「NHKは国営放送ではない。市民が受信料によって支える公共放送だ。政府が会長の事実上の選任権を持つ現状は改めなければならない。公募・推薦制を取り入れ、候補者への公聴会を開くなど、手続きを密室に閉ざさず、透明化することが欠かせない」と訴える。
不偏不党の姿勢が貫けますか
東京新聞(12月9日付)の社説は、森下俊三経営委員長(NTT西日本元社長)が「自主性・自律性が必要とされる日銀で長年、日本経済の発展に貢献した」と人選理由を説明したことを取り上げ、「自主性や自律性はどの組織でも必要で、当たり前の条件だ。稲葉氏を選んだ理由としては具体性に乏しい」と皮肉る。
また、キャリアの大半が日銀であったことから、「政府がトップの任命権を握る組織の出身で報道分野での経験もない会長が、不偏不党の姿勢を貫く経営を指導できるのか疑問を持たざるを得ない」とするとともに、「同業他社との競合経験も少ないトップ」が、大胆なコスト削減を伴う受信料改革に向き合うことの限界にも言及している。
最後には、「国民のために存在するNHKがトップ人事を政府や経済界の都合だけで決めることは許されない。人選の詳細な理由や経緯、具体的な改革方針について、森下委員長と稲葉次期会長はあらためて国民に向けて説明すべきである」と宿題を出す。
毎日新聞(12月10日付)の社説は、「政権におもねることなく視聴者本位の番組作りに徹する。それこそが国民の信頼を得る唯一の道だということを忘れてはならない」と諭す。
NHKに限らず、不特定多数の受け手を対象に情報を発信するような媒体が、国民から信頼される存在でなければならないことには多言を要しない。しかし、それを覆すような驚くべき研究が防衛省で進められている。
世論工作を研究する防衛省
「防衛省が世論工作研究」の見出しは山陽新聞(12月10日付)の1面。
防衛省が人工知能(AI)技術を使い、交流サイト(SNS)で国内世論を誘導する工作の研究に着手したことを伝えている。
「インターネットで影響力がある『インフルエンサー』が、無意識のうちに同省に有利な情報を発信するように仕向け、防衛政策への支持を広げたり、有事で特定国への敵対心を醸成、国民の反戦・厭戦(えんせん)の機運を払拭したりするネット空間でのトレンドづくりを目標としている」とのこと。
この手口、一般の投稿を装い宣伝する「ステルスマーケティング(ステマ)」と重なるが、ステマ同様「違法性はない」とする防衛省に対して、「研究であったとしても、憲法が保障する個人の尊重(13条)や思想・良心の自由(19条)に抵触する懸念があり、丁寧な説明が求められる」としている。
「ソフトな思想統制につながりかねない」との批判が政府関係者から出ているが、他方では「表面化していないが各国の国防、情報当局が反戦や厭戦の世論を封じ込めるためにやっていることだ」として、「日本も取り組むべきだ」という政府関係者もいるとのこと。
解説記事では、「防衛省・自衛隊による世論誘導工作は、軍事組織が国民の内心の領域に知らぬ間に直接介入する危うさをはらむ。戦前・戦中には『大本営発表』のように、軍部が都合がいい情報だけを流し国民を欺いた。無謀な戦争に突き進み、国を滅ぼした反省を忘れてはならない」と警鐘を鳴らしている。
政治を覆う怪しげな論理
信濃毎日新聞(12月13日付)の社説は、「ステマは、うその評価で消費者を欺く手法だ。国防という重要政策で思想・良心の自由を侵しかねない工作を、商行為と一緒くたにするなど言語道断だ」と怒りを隠さない。
政府関係者が「戦況をどう発表するかは相手との情報戦だ。うそはつかなくても、国民に明かせない部分は大きくなる」と認めていることからも、「世論工作が加われば、真偽を見極めるのは、ほとんど不可能になるだろう。手法こそ違っても、全滅を『玉砕』、撤退を『転進』と美化し、戦果を誇大に発表してうそで塗り固めた『大本営発表』をほうふつさせる」とズバリの指摘。
「厳しさを増す安保環境を名分に専守防衛を逸脱する装備の導入を次々に打ち出してもきた。『軍の論理』が政治を覆い、文民統制が揺らぎつつある現状が危うい」と、ここでも警鐘は鳴らされている。
狂気には正気で立ち向かう
この問題を俎上にあげ、「そこには主権者である国民を洗脳しコントロールしようとするあからさまな意図が露呈している」としたうえで、「しかし政権側はすでに静かに広範に国民を洗脳してきた」と指弾するのは前川喜平氏(東京新聞「本音のコラム」、12月11日付)。
「NHKをはじめとするメディアに介入し、学校の道徳教育や歴史・公民教育を支配し、DappiなどというアカウントでSNSを掻き回す」という事例を示し、「国民よ、国に騙されるな。正気を保とう。自分で考えよう」と呼びかける。
洗脳集団とズブズブの連中なら、これくらいのことはするだろう。すべて織り込み済み。
狂気には正気で立ち向かう。当コラム、真偽を見極める眼力を鍛え、書くべきことを書き続ける。
「地方の眼力」なめんなよ
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