(313)ミャンマーとエーヤワディ【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2022年12月23日
ふとした機会に各国の政治的な立場を再認識することがあります。日本のメディアや資料だけでは気が付きにくい点です。
今年はロシアによるウクライナ侵攻があり、食料関係が大きな影響を受けた。ウクライナから穀物や油糧種子などを輸入していた国々は直接的な被害を受け、その影響が日本にも及んだ。肥料・飼料に加え海上輸送運賃や保険料などにも影響が生じたことは周知のとおりである。
ところで、当初は何となく違和感を持ちつつも、いつの間にか普通になる変化のひとつに名称表記がある。「キエフ」は「キーウ」になり、「オデッサ」は「オデーサ」になった。前者はロシア語の発音に、後者はウクライナ語の発音に近いという。言われてみれば確かにだが、それにしても随分と長い事、我々は「キエフ」や「オデッサ」という表記を普通に使用してきたものだ。
中学高校時代の世界史で「キエフ大公国」について習った記憶がある。地図上の表記やこうした歴史関係の記述も今後は適宜、表記が変更されていくのかもしれない。かつて、祝日の名称が変更された際、カレンダーや手帳の印刷業界が苦労した話を聞いたことがあった。公式名称の変更は日常生活の意外なところに影響を及ぼす。受験シーズンを迎え、受験生にも出題者側にも新たな苦労とならないことを望む。
実は、ビルマとミャンマーも同じである。長い歴史の末、1989年以降は英語の国名をUnion of BurmaからUnion of Myanmarに変更している。戦前は漢字表記では「緬甸」(めんでん)、これを知る人も今では少ないかもしれない。戦後は一時変更されたものの基本は「ビルマ」、1989年以降は「ミャンマー」と表記されることが多い。
穀物需給や国際貿易の関係で米国農務省の資料を見る限り、米国政府の表記は一貫して「Burma」であり、「Myanmar」は用いられていない。米国メディアの対応はさまざまであり、「Burma/Myanmar」などと併記されることもあるが、政府は一定の姿勢を継続している。
言うまでも無く、こうした違いは当該国の政権に対する各国の姿勢を示している。人権問題などで思うところがある場合、こうした手法で相手に対する考え方の違いを示している訳だ。政治・外交の世界は難しい。
興味深い点は、当該国の人々がどちらを使用しているかだ。人々はどうも通称や公式な表記、さらに文語的な呼称としてはMyanmarを使用し、日常生活における口語的表現としてはBurmaを使用するなど、うまく併用しているようだ。このあたりはインターネット情報である。
さて、そのビルマ/ミャンマーでは、近年、養殖ビジネスが急拡大している。いわゆるフィッシュ・ファーミングなりシュリンプ・ファーミングと言われる類のビジネスである。少し数字を調べたところ、2000年当時は全土で7万ha強だったものが、2018年には20万haにまで拡大している。フィッシュ・ファーミングが10万ha、シュリンプ・ファーミングが9.9万ha、両者半々というのが現状のようだ。ニーズは輸出用、タイや中国向けが中心とされている。
さらにフィッシュ・ファーミングの約半分と、シュリンプ・ファーミングの1/4が首都ヤンゴン(旧ラングーン)の西、エーヤワディ地方に存在している。
実は、この「エーヤワディ」という言葉を聞いた時、一瞬戸惑った。筆者の世代では恐らく「イラワジ」と表記していた。この件についてはWikipediaの「エーヤワディ地方域」に興味深い記述を見つけた。
「語源はサンスクリット語で『象の川』を意味するairavatiから来ていると推定され」、「1989年に連邦政府は、この河川の英語表記を、古ビルマ語の発音に由来するIrrawaddyから、現代ビルマ語の発音に近いAyeyarwadyに改称」し、恐らくはその結果として「日本語の表記もイラワジ川からエーヤワディ川に...」と記されている。
気を抜くと、世の中は表記が変わり、記憶していたはずの国や地域が未知の国や地域になる...。今年の教訓のひとつとしたい。
* *
少し早いですが、年内のコラムは今回で最終、来年は1月6日から再開します。1年間ご愛読ありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。皆様、よいお年をお迎えください。
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