【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】外国でなく現場に寄り添う政治・行政を2023年2月2日
「価格転嫁」が進まない中、「○○転嫁」をしている場合なのだろうか。
日本の酪農・畜産は戦後すぐに米国の要請でトウモロコシの関税を撤廃し、輸入トウモロコシに依存する形で発展できたが、輸入が滞り、飼料価格が高騰すると赤字に陥る「宿命」を負った。
千葉県の加藤博昭獣医師らにより千葉・北海道中心に行われた全国107戸の緊急調査では98%の酪農家が赤字に陥っている。子供の成長に不可欠な牛乳を供給する産業全体が丸ごと赤字という異常事態である。
取引乳価はkgあたり10円引き上げられたが、全国の多くの酪農家は30円~50円の赤字だと話している。鳥取県農業の指導者・鎌田一也氏の綿密な計算でも酪農家の赤字幅は少なくとも約30円なので、10円の値上げだけでは赤字が解消しない。
一方、飼料価格への補填などを合計すると生乳1kg当たり5円程度の補填に相当すると国は言い、これで十分かのようなデータを示しているが、公式データは古い。鎌谷氏のデータでも明らかなように、現場は刻々と悪化している。
牛を処分したら15万円支給する事業は後ろ向きだ。バターが足りないと言って国の要請で借金して増産に応じた酪農家に今度は「牛処分して」というのは酷な話だ。「セルフ兵糧攻め」とも言われるように、食料危機に備えて牛乳を国内生産で確保する力を強化すべきときに、逆に牛乳供給力を削いでしまう。
近い将来、こんどは足りないということになり、増産しようとしても、牛を育てて牛乳が搾れるようになるには3年近くかかり、絶対に間に合わない。
今やるべきは前向きの財政出動。増産してもらって、国の責任で、備蓄も増やし、フードバンクや子供食堂にも届け、海外支援にも活用すれば、皆が助かり、食料危機にも備えられる。欧米では当たり前の政策を日本だけが廃止してしまった。
乳製品在庫が多いから乳価は上げられないと言いつつ、14万トンの減産要請をし、14万トンの乳製品輸入を日本だけが続ける不条理(今回の輸入は在庫過剰の脱脂粉乳でなくバターの輸入だから影響がないかのように言う人がいるが、その分、国内生乳生産にしわ寄せが来るのは同じ)。国家貿易であっても輸入枠を全量満たす国際的義務はない(GATT17条)し、全量輸入している国もない。
資料: 1月23日 NHK クローズアップ現代。
国は①要請がないから援助はできぬ、②乳牛淘汰は農家が選択した、③輸入は業界の要請だ、と説明している。コスト高の「価格転嫁」は進まない中、「○○転嫁」をしている場合なのだろうか。
外国の顔色を窺って農家や国民に負担を負わせるのは限界に来ている。現場に寄り添う気持ちを忘れず、保身のためでなく日本のために我が身を犠牲にする覚悟がリーダーに今必要だ。
お金を出せば輸入できるのが当たり前でなくなった今、国内酪農・農業こそが安全保障の要、希望の光である。牛乳・乳製品の4割は輸入なので、とにかく国産生乳使用の製品を選んで買うように1人1人が今日から一斉に心がければ国産に置き換えていける。この事態を放置したら自分の命も守れないことに国民が気づくときである。
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