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【やさしい経済の話】物価高(上)適度なインフレならず 浅野純次・元東洋経済新報社社長2023年2月13日

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経済に詳しい元東洋経済新報社社長で石橋湛山記念財団評議員などを務める浅野純次氏が解説する「やさしい経済の話」。今回は「41年ぶりの物価高」について農家の主婦と従兄のジャーナリストとの問答形式でわかりやすく解説してもらった。

長い間、物価の心配などしたことがなかったような気もする農家の主婦、里花(りか)さんですが、41年ぶりとかの物価高が家計を直撃して先々が心配になってきたようです。従兄でジャーナリストの大地さんがやってきたので、さっそく質問を浴びせ始めました。

里花 大ちゃん、相変わらず忙しそうね。経済記者は特に忙しいのかな。去年の円安がようやく一服したのに物価はどんどん上がってきて、私たち庶民もますます経済に関心を持たざるをえない感じね。昔は、日本は物価の優等生と言われていた気がするけど。

大地 ほんとに値上げの話が多いね。きのうも都内のデパートにバレンタインの取材に行ったのだけれど、チョコレートは輸入ココア高で去年より8%から10%値上がりしているそうだ。でも売れ行きは去年を多少上回る勢いだというから、消費者のほうも値上がりへの抵抗感が薄れてきているのかもしれない。

里花 物価高というと、ウクライナの戦争とコロナ禍の影響が大きいと言う人もいるけど、どうなのかしら。

大地 ウクライナ戦争のおかげで石油や天然ガス、それに穀物価格の値上がりが続いたけれど、だいぶ落ち着いてきた。コロナ禍の影響も一時の混乱は収まってきたようだね。でも、こちらは世界経済の構造を変えてしまった面もあるので、これが今後どう物価を規定してくるか、予断は許されないと思うよ。ただ、ウクライナ戦争もパンデミックも物価高の取っかかりではあっても、そのこと自体はインフレの主因と言えるかどうかは議論の余地が大きそうだ。

里花 デフレからインフレへと空気が一変したような感じだけれど、そんなに簡単に変わるものなのかしら。きのう、思いついて電子辞書でinflationって引いてみたら、まず「通貨膨張」とあって、「物価騰貴」はその後から出てきたわ。

大地 世間の常識と違ってそもそも物価騰貴という意味ではなくて、「膨らます」ことがインフレーションなんだね、本来は。つまり風船や自転車のタイヤなどに空気を入れて膨らますことを指すんだけれど、今では通貨膨張の意味にもっぱら使われるようになったんだ。物価騰貴はその結果なのさ。通貨膨張と物価騰貴の因果関係は実はとても重要なところだけど。

里花 日銀はずっと2%の消費者物価上昇を目ざしてゼロ金利政策をとってきたわけでしょ。これって通貨膨張政策よね。

大地 黒田東彦総裁になって10年、異次元緩和と称して金融をゆるゆるにしてきたけれど、結局、緩やかなインフレは起こらなかった。物価を上げる条件としては金融緩和だけでは足りなかったということだね。

里花 金融緩和以外の条件って?

大地 昔からインフレの原因にはデマンド・プルとコスト・プッシュがある、と言われてきたのは知ってるかな。つまりデマンド(需要)が供給以上に活発か、供給側で原材料や人件費が高騰するか、いずれかになると物価は上昇してきたんだ。戦争の場合はその両方のことが多いけどね。日本ではこの30年間、幸か不幸かインフレは起きなかった。アベノミクスもゼロ金利とか異次元緩和だとかいって通貨膨張政策を精いっぱいやってみたけれど、物価はピクリとも動かなかったな。

里花 アベノミクスの第一の矢は成功したという人もいるんじゃない?

大地 金融緩和という第一の矢で円安と株高だけはある程度、実現したからね。でもインフレはまったく起きなかった。

里花 どうしてかしら。

大地 金融政策の限界と言ったらいいかな。物価と金融は不即不離だけれど、インフレとデフレでは金融の効果が違うんだ。インフレを抑えようとするときは金利をどこまでも上げていき、世の中に出回る資金の量を中央銀行が徹底的に絞ると、だいたい成功する。もっとも、いわゆるハイパーインフレだと、容易には収まらないけれどね。

里花 ハイパーインフレってどのくらいのインフレ?

大地 ハイパーって「超」という意味で、スーパーより強い表現だね。普通は毎月、50%以上、物価が上がっていく状態をいうんだ。第一次大戦後のドイツは欧米諸国から過酷といえるほどの賠償責任を負わされて一年で20倍などというインフレが起きている。最近でも、ベネズエラやジンバブエのように物価が年に3倍、4倍になるようなハイパーインフレの例もある。そうなると大変だよ。毎日、毎週、全商品の値札を付け替えないといけないし、買うほうもリュックに札束を詰め込んでいってやっと一日分の食材が買えるなんていうことになる。

里花 日本の戦後も大変だったとおばあさんが言っていたわ。それはそうと、デフレの日本では金融政策が利かなかったというさっきの話だけど。

大地 そうそう、これは一つには金利の性格による。さっき言ったようにいくらでも上げることはできても、金利はゼロ以下にはできない。正確にはマイナス1%か2%までは下げられるけれど、実際にはゼロのちょっと下までだ。だからインフレを起こそうといういわゆるリフレ政策には限界があるんだね。金融政策は縄を使った政策のようなものだと思うといい。引き締めには縄を強く引っ張ればいいけど、反対にインフレを起こそうとしても縄を緩めるまでは効果があっても、それ以上は縄は押すわけにいかないからね。

里花 ところで消費者物価というのと、単に物価と言うのとどう違うのかしら。

大地 物価には消費者物価と企業物価があるんだ。英語ではCPI(Consumer Price Index)とCGPI(Corporate Goods Price Index)だね。欧米では製造業物価指数(PPI)が使われている企業物価は、僕の入社当時は卸売物価と言っていた。製造業から卸売り、小売りへと品物が渡る過程での物価で、将来のCPIを決めるものだからCPIの先行指標として大事な意味がある。というわけで物価と言えば普通には消費者物価のことと考えていいと思うよ。

里花 では消費者物価の中身とか特徴とかを聞かせて。

大地 そうだね。でもちょっとこの辺で小休止にしようよ。

【やさしい経済の話】物価高(下)適度なインフレならず に続く

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