【やさしい経済の話】物価高(下)緩やかな好循環なるか 浅野純次・元東洋経済新報社社長2023年2月13日
【やさしい経済の話】物価高(上)適度なインフレならず より続く
大地 ごちそうさま。コーヒーと大福というのもミスマッチ風だけどけっこうおいしかった。さて消費者物価の中身とか特徴だったね。消費者物価の算定は総務省の仕事で毎月末に発表されているんだけれど、この数値は約600品目の厳密な価格調査をもとに計算されている。品目といってもモノだけでなく、理髪代とか電気代とか外食代とかサービス的なものも含まれていて、それらがそれぞれウェイト付けされているんだ。
里花 ウェイト付けって?
大地 平均的所帯が月にどの品目にいくらずつ支払いをしているかを家計調査によって把握し、それぞれのウェイトに従って価格動向を全体に反映させていくのさ。例えば電力代が平均的に家計の3%だとして、東電の意向どおり30%値上がりすると、消費者物価は0・9上乗せされることになる。単純化しての話だけどね。
里花 ということは家計の中でウェイトが高いものの値上がりほど消費者物価に響くわけね。
大地 まさにそのとおり。だから食料品のほかでは、電気ガス料金やガソリン・灯油代などの動向が大事なわけだ。
里花 どれも最近、家計を痛撃しているわ。それとご近所さんとよく話題になるのが、値段は同じでも容器の中の量が減ってるわね、ってこと。これって値上げじゃない? 消費者物価はどうなってるのかしら。
大地 例のステルス値上げだね。敵のレーダーに映らないステルス戦闘機をまねて作られた呼び名だ。隠れ値上げともいう。でも消費者物価の計算では重量単位の価格を使っているから、ステルス値上げはちゃんと反映されているよ。メーカー側は高齢者世帯が増えて世帯当たりの消費量が減っているのに対応して、一パック当たりの量を減らしているんだと言っているけど。
里花 それなら価格も、量が減った分だけ下がってもいいわけよね。ところでなぜ30年も日本の物価が動かなかったのか、今度の値上げラッシュは続くのか、などが気になるところね。
大地 物価の低迷は、需要が伸びなかったこと、消費者の価格志向が極めて強かったこと、供給側が値上げに極めて慎重だったこと、この3点だろう。特に需要では、賃金が上がらなかったことで、岩盤のようなデフレになってしまったと思うよ。
里花 私たちの価格への強いこだわりが企業経営者の価格据え置き意向を強めた面もあるのかしら。でも、消費者の動向と経営者の判断とどちらが先なのかな。ということは鶏と卵の関係かも。
大地 鋭い指摘だね。そこがこれからの価格動向を占う一つのポイントになると思うよ。でも昨年来の値上がり傾向で流れは変わってきたようだ。つまり消費者は価格がいつまでも膠着(こうちゃく)したままとは思わなくなってきていて、消費動向に変化の兆しを感じる。便乗値上げというと聞こえは悪いけど、経営者など供給側の価格政策も少し柔軟になってきているようだし。
里花 でも賃金が上がらないと消費者の財布のひもはまた締まってくるかもしれないわ。
大地 そのとおり。ここは経営者が思い切った賃上げをして、所得増加―需要増―緩やかな値上がり、という好循環にもっていくことが大事だね。
里花 緩やかなインフレはいいけど高インフレになったら大変ね。賃金も大幅に上がったとしても、困る人は出てきそうだわ。
大地 多少のインフレなら今の欧米各国のように金融政策で制御は可能と思うよ。1%物価を下げるには政策金利を1%上げればいい、という学説もある。それから高インフレで困る人だけど、スティグリッツという有名な経済学者によると、被害者はおカネの貸し手、納税者、貨幣の保有者、それに経済全体だという。貸し手は変動金利でさえ損をするので一般的には貸し手がいなくなる。貨幣の保有者というのはタンス預金をしていた人が大損をする姿を思えば簡単だね。経済全体というのはとても重要なことだけれど、今日はやめておこう。一言だけいえば、不確実性に関係した話ということになる。
里花 高インフレの害というなら、逆にデフレの害も尋ねないと不公平ね(笑)。
大地 ほんとだ(笑)。でもそれは案外、単純で、デフレは必然的に失業者を増やすんだね。これはフィリップス曲線という有名な経済理論で知られているんだけれど、失業率の高いときはデフレ、低いときはマイルドインフレというふうに、失業率と物価は高い相関関係にあるんだ。
マイルドは軽いという意味だね。高失業は困るからどの国もデフレから脱出しようとして金融緩和や財政出動に躍起となってきたという歴史があるのさ。つまりリフレ政策だね。
里花 デフレの弊害はほかにもありそうね。
大地 もちろんいろいろある。景気が悪いわけだから、設備投資や研究開発も活発には行われないし、株価は低迷し、税収も増えない。就職できない若い人たちはやる気を失う。デフレに良いことはほとんどないね。喜ぶのはタンス預金の多い人くらいかな(笑)。
里花 だとすると、インフレのほうがましみたいだけれど、どのくらいのインフレが望ましいのかしら。
大地 日銀が目ざしてきた2%の物価上昇が毎年続き、賃金も同じくらい増えるというのが世界の一般的な目標線だ。日本はデフレで物価も賃金もずっと動かなかったので、世界で最も「安い国」になってしまった。喜ぶのは外国人観光客だけ、という構図は決して望ましいことじゃない。緩やかな物価上昇はGNPのほどほどの拡大にもつながる。値上がりはすべて悪みたいな考え方はやめて、緩やかな好循環が理想だと言いたいね。
里花 そのカギは消費者と供給サイド、両方にあるということだけど、消費者としてはどうしていけばいいのかしら。
大地 これまでのように安ければいいという発想はやめて、少しくらい高くてもいいもの、安全安心なものを選ぶという賢い消費者になることだね。そうすれば自分や家族にも良いし、マクロ的に見ても良い結果が生まれるはずだ。
里花 行政についても求められることは多そうね。
大地 行政も同様に低価格が理想という発想は捨てることだ。輸入品についても対外的配慮ばかりで輸入枠を維持しようとするから国産品はせっかく品質でがんばっても安い輸入品との価格競争を強いられてしまう。農産物など典型だね。それから日銀は自分の金融政策が国民から信頼されるようにする義務がある。国民が2%の物価上昇目標をほんとに信じていたら、デフレ脱却はもっと楽に達成できたと思うよ。
里花 供給側は?
大地 大事なのは、コスト削減ばかり追求せずに、付加価値の高い個性のある商品開発に努めることだと思うね。
里花 日本のデフレも困ったものだけど、デフレとインフレの共存は心配ないのかしら。
大地 いや、そこなんだよ。スタグネーション(不況)下でのインフレという意味のスタグフレーションは十分に起こりうることだ。デフレだけのほうがまだまし、ということにもなりかねないからね。各界のリーダーたちには最高最強の舵取りをしていってほしいものだ。
里花 だいぶ勉強になったけれど、今日はこのくらいにしておきましょうか。消化不良になってしまってもいけないから。
大地 今日はぼくも頭の体操になった。また来月、来られるといいな。今日はごちそうさま。
◇
浅野純次氏
あさの じゅんじ 東洋経済新報社で「会社四季報」「週刊東洋経済」各編集長、論説委員などを歴任し1995年社長、2001年会長。経済倶楽部理事長を経て、現在、出版企業年金基金、全国出版協会各理事長、石橋湛山記念財団評議員などを務める。
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