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【やさしい経済の話】どうなる賃金デフレ(上)物価上昇との関係は 浅野純次・元東洋経済新報社社長2023年4月13日

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経済に詳しい元東洋経済新報社社長で石橋湛山記念財団評議員などを務める浅野純次氏が解説する「やさしい経済の話」。今回は「どうなる賃金デフレ」について問答形式で解説してもらった。

賃上げなどという言葉は死語になっていたような昨今でしたが、この春は少し風向きが変わってきたようです。でもこれで経済は上向くのか、ほんとに働く人々の生活は楽になるのか。農家の主婦、里花(りか)さんも興味津々のようですが、給料や雇用のことも案外、わかっていないことがたくさんあることに気がつきました。久しぶりに従兄でジャーナリストの大地さんがやってきたので、良い機会とばかり質問の矢を浴びせ始めます。

里花 大ちゃん、お元気そうね。しばらく前の新聞に春闘のことが出ていたけど、わからないことがいろいろあるので、今日は賃金とか雇用だとかについて教えてほしいんだけど。

大地 うん、雇用や賃金は経済の基本だからね。またおいしいコーヒーがいただけるならおやすいご用だ。皆さん、お元気かな?

里花 おかげさまでわが家はみんな元気よ。飼料や肥料はじめ資材も何もかも値上がりしてどこも大変だけどね。早速だけど、春闘って経営者と労働者が賃上げや労働条件を決めるためのものよね。そこへ政府が口を出しているって聞いたけど、どういうこと?

大地 物価が上がって消費者の収入が増えないようでは、生活は苦しくなる一方だ。でもそうなっては政権の支持率に影響するので、政府としては財界に労働者が納得するような賃上げをしてほしいと要請しているわけさ。

里花 賃上げというのはベースアップとも言うんだったわね。

大地 略してベアとも言うけれど、いわゆる和製英語で外国人には理解不能だろう。

里花 賃金が上がるというと、定期昇給、つまり定昇でも上がるわけよね。労使交渉で上げるのは定昇じゃない賃金ではないの?

大地 なかなか鋭い質問だね。昨今では賃上げといえば定昇も含めて労働者個々の賃金が上がることを言うようになった。うちのお父さんが会社に入った昭和30年代には、定昇なんてベアじゃないという空気が強かったそうだ。太田薫さん率いる総評が強かった頃だね。それがいつの間にか定昇込みで言うのが普通になった。でも定昇で気をつけるべき点は、最年長の人たちが定年退社し、同じくらいの数の新卒が入社してきて社員構成がほとんど変わらなければ、定昇自体で会社の人件費が増えることはないという点だ。その限りでは定昇もベースアップだ、と威張れた話ではないように思うよ。

里花 そういえば、昔、定昇見送りが話題になったことがあったわね。ということは、定昇見送り、ベアゼロは賃金横ばいではなくて事実上の賃下げということだったのかしら。

大地 冴えてるねえ。そのとおりだよ。大したもんだ。

里花 大げさな(笑)。ところで今年は3%を超える満額回答が続いているように報道されていたようだけど。

大地 満額というのが、主要企業では、というのが大事な点だね。主要とは大企業のことだけど、90年代後半以降、賃上げ率は1.6%から2%そこそこの年が続いていたから、3%というのはほんとに30年ぶりの快挙なんだ。

里花 でも物価も上がっているし、春から値上げ本番という声もあるわ。

大地 さすがにまだ4%を超える物価上昇が続いているから、経営者としても賃上げ2%というわけにはいかなかったんだろう。でも、主要企業が30年ぶりの賃上げ水準へ向かって気前の良いところを見せたとはいえ、雇用の7割を占める中小企業は賃上げもままならない状況にあるってことを忘れちゃいけない。最終製品メーカーから下請け企業への価格引き下げ要請は相変わらず厳しいらしいからね。

里花 中小企業の実際の数字はどうなのかしら、賃上げ率とか。

大地 直近の数字はわからないけど、過去は大企業より0.5ポイント%くらい低いことが多かったから、今年もそのとおりとすると2%台前半くらいの賃上げだろうかね。

里花 それじゃあ中小企業で働いている人の生活は物価の値上がりに追いつかないわね。政府も経団連や連合ばかりでなく、そちらにも目配りしていく必要があるんじゃないかしら。

大地 そのとおりだね。それから賃金を考えるうえで労働分配率というのも参考になる。企業の年間付加価値の中で人件費がどのくらいのウェイトを占めるかを計算したもので、大企業が55%なのに対し、中小企業は77%にもなっている。つまり大企業は残り45%を配当に回したり内部留保したりと余裕があるのに、中小企業は賃金第一で内部留保などと言っていられない状況にあることがわかる。

里花 へえ、そうなんだ。国際比較とか年々の推移とかはどうなの?

大地 アメリカは60%くらいで、日本の大企業よりちょっと高い。日本の大企業も2000年ごろは60%くらいだったから、今55%ということはこの20年間、人件費の抑制を続けてきたことがうかがえるね。

里花 賃金が上がらなくて消費が低迷し続けたことは、物価の話のときにも出たわね。賃金つまり所得と消費の関係ということで。

大地 企業の低賃金政策がデフレの原因であることは間違いないとして、企業が低価格の商品にこだわってきたこともデフレの一因ではあるからね。とにかく日本経済は今では輸出ではなく内需つまり国内消費によって左右されるようになっていることを考えると、賃金がもっと重視されてくるべきだったんだ。消費はGNPの6割を占めているんだから。

里花 30年間も賃金がさっぱり上がらなかった理由を整理するとどうなるの? 名ばかりの春闘なんて言われた時期もあったようだけど。

大地 企業側に最大の理由があるのは間違いないと思うよ。一つは企業が十分に儲からなかったこと。正確に言うと、企業の付加価値が賃金を上げるほど成長しなかったことだ。労働生産性が上がらなかったといってもいい。技術開発投資や設備投資など前向きの投資を怠ったつけがきたというと経営者には酷だけど、このことは計数的にも明らかになっていることなんだ。

里花 ちょっと経営学の授業を聞いているみたい。聞いたことはないけど。

大地 ま、そう言わないで(笑)。で、もう一つの理由は、企業経営がコストダウンにばかり向かってしまったことだ。というか、企業がコスト削減をやたらに重視して、固定費では人件費を、変動費では下請け支払いを、それぞれ抑制することにばかり熱心だったってことさ。固定費ってのは売り上げに関係なく毎月払わないといけないカネ、変動費ってのは原材料費など売り上げに比例して出ていくカネをいうんだ。

里花 ますます経営学ね(笑)。要するに企業が人件費を抑えることに熱中したってことでしょ。このあたりでコーヒーブレークにしましょ。

【やさしい経済の話】どうなる賃金デフレ(下)に続く

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