【やさしい経済の話】どうなる賃金デフレ(下)円安との関連は 浅野純次・元東洋経済新報社社長2023年4月13日
大地 もう柏餅の季節だね。和菓子とコーヒーって結構いけるんだ。どうもごちそうさま。さて生産性と賃金の話だったね。まず日本の労働生産性が世界に後れをとっていることが低賃金の主因であることから始めようか。OECD加盟国中、日本の生産性や賃金は何位くらいだと思う? OECDは先進工業国の集まりで今、38カ国までメンバーは増えているよ。
里花 10位くらいかなあ。
大地 いやいや、PPPつまり購買力平価で計算した日本の生産性はどんどん落ちて今、アメリカの6割くらいしかない。おかげで賃金も厳しくて、日本の平均年収は30年前にOECD全体の平均と同じ3.6万ドルだったのが、30年経った今では、平均のほうは5万ドルを超えているのに、日本は4万ドルとほとんど増えていない。順位もなんと24位だ。韓国にも、と言っては韓国の人に失礼だけど、抜かれてしまっている。韓国は4.3万ドルだからね。それくらい日本の賃金は先進国から脱落してきているんだ。
里花 日本の労働者が低賃金を受け入れているのはなぜなのかしら。
大地 組合の力が弱くなっているからかな。そもそも組織率といって組合への加入率も下がる一方なんだ。しかも物価が安いものだから、低賃金でもぎりぎり生活できているために不満が爆発しないんだと思うよ。
里花 物の値段は需給関係で決まると言うわね。だとすると賃金も同じことが言えないのかしら。つまり労働需給の関係で賃金が上がったりしないのかな、ってこと。
大地 それはいい着眼だね。人手が不足したら企業も賃金を上げざるをえないはずだから。マクロ経済でいちばん重要なのが失業率だともいえる。失業率が低ければ完全雇用といって、企業は高い賃金を出さなければ人が雇えないのが道理だ。逆に失業率が高ければ賃金を上げなくても労働者はいくらでも雇えるよね。だから失業率と賃金には深い関係があるというのは経済学の基本の一つだ。
里花 でも失業者が増えてるって話、聞いたことがないわ。なら賃金が上がって当然なんじゃないの?
大地 確かに失業率は低いままだね。「2月の完全失業率は前月比0.2ポイント上昇して2.6%となり、5カ月ぶりに悪化した」って原稿をきのう入れたばかりだ。「より好条件の仕事を探す人が増えて、自己都合退職が目につくようになってきたという事情もあるので、必ずしも雇用情勢が悪化しているわけではない」ってこともね。
里花 2.6%の失業率っていったら欧米やアジアの国々からすれば0%みたいなものじゃないの。
大地 確かにそうも言えるね。ということは日本では企業が賃金を上げなくて済む、何らかの事情を考えてみないといけないということかな。やはり欧米に比べ労働者がおとなしいということだろうね。日本は企業別組合なので、うちの会社だけ大幅賃上げして業績悪化、企業倒産なんてことになっては大変だって思う労働者が多いから。
里花 この間、有効求人倍率というのもニュースで聞いたけれど、これって失業率と関係があるの?
大地 うん、ハローワークで仕事を探している人1人に対し求人がいくつあるかをいう数字だけど、昔は2倍近いこともあった。最近も1.3倍くらいでいわゆる売り手市場に近い。つまり労働需給からは賃上げに追い風が吹いている状況なんだ。
里花 それなのに賃上げがパッとしないのは、経営者も労働者も自信を失っているようにしか見えないわ。
大地 なかなか手厳しいね。ただ失業率も有効求人倍率も地域別、年代別、職種別などの状況いかんで賃金への影響は微妙な点もあるから、よく吟味して議論する必要はあるだろうよ。
里花 先進国中、最低レベルの低賃金に落ち着きそうだというのはちょっと怖い話だけど、そんな低賃金で消費以外にまずいことは出ていないの?
大地 いちばんの問題は海外からの労働者だね。農業だって技能実習生を含めて来日労働者にブレーキがかかっているようだよ。円安もあるけれど、日本に出稼ぎに来ても低賃金で親元にろくな送金ができないと人気が下がり続けているらしい。
里花 そうなると日本人に頼るしかなくて賃金が上がるということになるのかな。であれば、農産物も工業製品も原価高をカバーできるだけの出荷価格にならないと大変ね。
大地 そうだね。もう一つ問題なのは、賃金が安すぎる国内で働くよりも、海外で働こうという日本人が増えることだ。以前から電機業界などでは高給がもらえる中国や韓国で働く技術者が続出しているけど、今後、他産業でも拍車がかかるんじゃないかな。
里花 日本からの技術流出が心配ね。
大地 そうなんだ。半導体や家電で起きたことが全産業に波及していく可能性がある。酪農家の廃業が続いているようだけど、製品価格安と原料高で赤字になるという構図は農家として賃金がもらえないことと同じわけで、若い人たちが今後は海外で酪農をしようということにならないか、心配だね。
里花 ほんとにひとごとじゃないわ。
大地 賃金が海外に比べて低いというのは円安のためもある。アベノミクスで円安、株高になったと安倍さんは自画自賛していたけれど、今の円安はさっきの購買力平価からいっても行き過ぎなのは明らかだね。賃金も物価も上がっていくようでないと日本は悪循環の連鎖というか負のループにはまり込んだままになりかねない。
里花 PPPだっけ? 購買力平価って重要らしいけどよくわからない。
大地 賃金を考えるうえでも大事なことだ。いちばん良い例は、世界共通の品、例えばハンバーガーがいくらで売られているかを比較する方法だ。ビッグマックが日本では2.8ドル(390円)なのに、米国では5.1ドル(710円)もする。倍近いよね。円が安すぎるということがわかる。
里花 同じ値段になるには大変な円高にならないといけないってこと?
大地 1ドル80円なんていう円高でマックがやっと日米で同じ価格になるけど、せめて110円台くらいにはいかないとね。そうすればドル比較の賃金が2割近く上がることになる。
里花 それにしても賃金が上がっていくには何が必要なのかしら。
大地 いくつか考えられるね。基本は企業が技術開発や設備投資にカネを回して経済を活性化させること。そうして企業の付加価値を拡大させていかないと何も始まらない。そのためには高い賃金で優秀な人材を集めようという前向きの発想が必要だね。国としても技術進歩を促すような政策が重要で、税制、学校教育、労働者の再教育、やることはいっぱいある。ということはやればなんとかなるということだ。
里花 少し希望がもてそうな気がしてきた。
大地 それと雇用形態も大事だよ。企業が非正規労働者を増やしすぎたことが賃金抑制の一因だったのだから、正規雇用の比率を高めるよう企業も努力しないといけない。働き方改革も賃金上昇と関係しているけれど、働く人たちにとっても望ましい働き方を実現していく必要がある。
里花 賃上げで国民みんなが豊かになって、企業も賃上げをマイナスのように思わない世の中になるといいわね。
大地 まったくだ。賃上げは企業のためでもある。賃上げで経済が回り始めれば企業も希望が持てるようになるはずだからね。「1億総貧困化社会」なんていう学者もいるけど、突破口が必要なんだよ。
里花 農家もひとごとと思わず、賃上げに関心を持っていかないといけないわね。今日も勉強になったわ。
大地 里花ちゃんと話すのは刺激になる。お礼を言うのはこっちかも。じゃあ今日はこの辺で失礼するね。
◇
浅野純次氏 東洋経済新報社で「会社四季報」「週刊東洋経済」各編集長、論説委員などを歴任し1995年社長、2001年会長。経済倶楽部理事長を経て、現在、出版企業年金基金、全国出版協会各理事長、石橋湛山記念財団評議員などを務める。
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