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【浅野純次・読書の楽しみ】第85回2023年4月19日

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◎安倍晋三 『安倍晋三回顧録』(中央公論新社、1980円)

2月発売から増刷が続き、売れ行きは絶好調だそうです。一読して安倍ファンには心地良い一問一答が続いていることがわかり、これならよく売れるだろうと納得しました。

政治家のオーラルヒストリー(口述史料)というのは学問的価値が高いのが一般的で、政治史の観点から重視され、かつ知られざるエピソードや当事者の心の内が垣間見える点でも貴重なものが多いのが普通です。

ただし本書は政界に強い影響力を発揮し続けていた政治家へのインタビューなので、質問や編集に十分気をつけないといけないのに、その点が不足しているように感じました。

36時間もインタビューしたそうですが、中身は正味360ページほど。推測するに大幅に削ったのでしょう。そこはつまらなかったのか、不都合や失言があったのか、むしろ収録されなかった部分に興味が湧きます。

一方、微妙なテーマ、例えば森友学園、加計学園問題では一方的に自分に都合の良い内容で記述されています。「(100万円授受が)虚偽だったことは明白でしょう。野党に唆されて、つい『もらった』と口走ったんでしょ」などという発言はいかにも軽く無責任です。読書の「楽しみ」に本書が該当しないようならあしからずご了承を。

◎鷹橋忍 『牧野富太郎・植物を友として生きる』(PHP文庫、858円)

NHKの朝ドラで放映中ということもあり関連本が書店には山積みです。『牧野日本植物図鑑』には多くの人がお世話になったことでしょうが、今回、牧野の偉大さをさらに多くの人が知ることはまことに結構なことです。

類書の中でも本書は文庫版230ページと手軽なのが特徴で、「少年時代」「東京へ」「出会いと別れ」「困窮」「妻の死」「花と恋して90年」の6章に手際よく波乱万丈の人生が語られています。

その生涯をキーワード化すると「執着と観察」「困窮と波乱」「家族愛」でしょうか。驚くべき執着心と観察力と記録こそが富太郎植物学の原点で、たいへんな困窮の中、多くの友人に助けられ、何人かになぜか憎まれました。

そして何より祖母と妻・壽衛(すえ)の言語に絶する献身がなければ富太郎は何事もなしえなかったのだとすれば、これは富太郎の一代記というよりも、家族愛と夫婦愛の物語なのでしょう。富太郎の墓には彼の句「草を褥(しとね)に木の根を枕、花と恋して90年」の碑があるそうです。

◎全卓樹 『渡り鳥たちが語る科学夜話』(朝日出版社、1760円)

本欄第50回で『銀河の片隅で科学夜話』を紹介しました。あれから3年、続編の登場です。17世紀イタリアの法律家フォンターナは天体観測に興味を持ち金星に月があることを発見します。金星に今、月がないのは自明ですが、当時は大論争になりました。そして今、昔あったのかもという説が。真相やいかに。わくわくしてきます。

土星の環は実は大小の氷から出来ていて、ここから大量の霧雨が土星へと降り注いでいるのだとか。こんな想像力を膨らませる話が次々に登場します。途中、物理の知識を求められる難しい話がいくつかあるので、ここは飛ばすも良しです。

天体に劣らず楽しめるのは終章の生物の話です。ナミビアの赤い砂漠に出来る奇妙な妖精の環はスナシロアリが作るのですが、彼らの一見、理不尽な生態と一生だとか、インドのアネハヅルの数奇な渡りの物語とか。自然は不可思議さとロマンに満ちていて、心和み、頭も回転し始めます。

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