(334)健康は「権利」?「義務」?【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2023年6月2日
還暦を超えて多少の時間が経つと、学生時代や中堅の時には余り意識しなかった健康を考える機会が増えてきました。
そもそも健康とはいかなる状態なのかという問題は、とりあえず脇に置く。身体的健康、精神的健康など、細かく分類し始めるとキリがなく健康に良くないからだ。そこで誰もが一度は聞いたことがある日本国憲法第25条を思い出してみたい。
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
さて、webで公開されている日本国憲法を、タイトルから全文、全ての文字数までカウントすると、10,058文字となる。さらに、その約1万字の中に「健康」という文字が何度登場するかを確認したところ、先に述べた第25条の1回だけである。これはわかりやすい。単純計算では、2/10,058=0.000199≒0.02(%)となる。もとより、これで「健康」が軽視されているなどと主張する気は毛頭ない。それでも、そうか、日本国憲法の中で「健康」が具体的に言及されているのはこの条文だけであったかと再認識した次第である。ここで大事なことは、憲法上、「健康」であることは国民が有している「権利」であるということだ。
ところで、2002(平成14)年に健康増進法という法律が成立している。この法律が制定された背景・目的は、同法第1条に記されている。
(目的)
第1条 この法律は、我が国における急速な高齢化の進展及び疾病構造の変化に伴い、国民の健康の重要性が著しく増大していることにかんがみ、国民の健康の増進の総合的な推進に関し基本的な事項を定めるとともに、国民の栄養の改善その他の国民の健康の増進を図るための措置を講じ、もって国民保健の向上を図ることを目的とする。
約20年前、我が国が直面した「急速な高齢化の進展及び疾病構造の変化」という大きな社会環境の変化を見据えて定められた法律である。恥ずかしながら、本文に目を通したことは初めてであった。よく読めば目的は「国民保健の向上を図ること」とある。「保健」とは健康を守り保つことである以上、目的は国民の健康を守り、保つことと理解できる。
さて、続く第2条では以下が記されている。
(国民の責務)
第2条 国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない。
勘の良い方なら「?」と思うかもしれない。先の日本国憲法第25条では健康は国民の「権利」であり、健康増進法第1条でも目的は「国民保健の向上」である。ところが、同法第2条では生涯にわたる健康の自覚や健康の増進に努めることが、国民の「責務」つまり「責任と義務」として表記されている。
いつの間にか、健康は「権利」から「義務」になったように見える。「ちょっと待った!」と言いたくなる。「健康は国民の義務」となれば、それはかつてのどこかの国のようなものではないか、と考えてしまう。
それにしても、こうした事例はよく見渡すと意外に身近なところに存在する。例えば、第二次世界大戦前には「教育勅語」というものがあり、そこでは教育を受けることは「臣民の義務」であった。これが日本国憲法では第26条で「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」となり、「義務」が「権利」に転換した訳だ。
そのため現在でも使用されている「義務教育」という言葉の意味は、子供が教育を受ける「権利」を国家が守る「義務」であるというように理解しないとおかしなことになる。
健康増進法の専門家ではない筆者にはよくわからないが、恐らくは健康はあくまで国民の「権利」であり、それを守ることが国家の「義務」であると解釈しないと筋は通らないであろうと思う。さて、本当のところはどうなのであろうか。
* *
ちなみに健康増進法は、タイトルから目次、表の中の文字まで含めた総文字数が41,848文字と日本国憲法の約4倍の長さであり、その中に「健康」という言葉は124回登場します。
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