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【やさしい経済の話】日銀新総裁と経済のゆくえ(下) 浅野純次・元東洋経済新報社社長2023年6月10日

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【やさしい経済の話】日銀新総裁と経済のゆくえ(上)から続く

日銀本店

大地 ごちそうさま。今日のくずもちとコーヒーもおいしかった。抹茶もいいけど意外性を楽しむのもいいね。さて植田和男新総裁の課題だったかな。

里花 黒田総裁の時代に手がつけられなかった問題をどう処理していくか、ね。新総裁の写真を見ると真面目な方なのか、笑顔がさっぱり見えないけど。

大地 これからやることを考えたらとても笑顔どころではないと思うよ。まずいわゆる出口戦略だ。これほどの異次元緩和を10年も続けるなら、どこかで通常の金融政策への出口を探りながら進むのが普通だけれど、黒田日銀は出口戦略について事実上、一顧だにしなかった。世界的にみてもこれは異例だね。

里花 出口戦略って、具体的にはどういうことをいうの?

大地 大胆な政策を打ったときはその副作用が必ず危惧されるからね。今回も異次元金融緩和すれば、国債大量発行とか、金融市場の歪みとか、日銀によるETFつまり日本株の大量購入とか、たくさんの後始末が求められるわけさ。しかも異次元の政策から普通の政策へ必ず戻らなければならないんだから、その道程をあらかじめ考えておかないといけない。

里花 戦争を始めるなら、どう終戦するか最初から考えておかないといけないって言うわね。

大地 10年前に一種の戦争を始めたようなものだからね。でも今に良くなる、今に勝ち戦になって終わらせられる、と希望的観測だけでとうとう10年来てしまった。植田日銀は、昭和20年の鈴木貫太郎内閣と同じつらい役割を負わされているようなものかもしれないね。

里花 植田新総裁はどうやって終戦に持ち込むのかしら。

大地 いや、軽々には動けないと思うよ。だけど遅くなればなるほど出口戦略は難しくなるからね。この10年の総括をしながら、年内から来年にかけて時機を探るしかないだろう。注目点の一つはイールドカーブ(利回り曲線)コントロールだね。YCCといって前にも話した気がするけど、長期金利を抑え込んできたこれまでの政策を微調整していくところから入るんじゃないか。そう思っているエコノミストは多いはずだよ。

里花 その話、思い出したわ。短期金利はそのままで長期金利を少し緩めるというか、市場の実勢を尊重するということだったかしら。

大地 記憶力優秀だね(笑)。金融政策で大事なことは、金融政策がどこまで万能かということの判断だ。黒田日銀は金融政策で物価がコントロールできる、デフレから脱出できる、と考えてしまったところに最大の問題があった。アベノミクスの第一の矢つまり金融しだいで成長までも実現できると考えたのは大間違いだったと思うよ。なにしろこの10年間、日本経済にとっていちばん大事な潜在成長力は0・6%からピクリとも上がらずじまいだったからね。金融政策の限界に早く気がつくべきだったんだよ。

里花 植田さんも大変なことね。よく総裁を引き受けられたわね。

大地 確かに。これからほんとにご苦労様だと思うよ。とりわけ物価動向に注意を払い続けないといけない。6月の電力値上げの後も値上げラッシュだからね。世界の原油・天然ガス価格と食糧価格、それに円安が行き過ぎないようにしないと。

里花 緩やかな物価上昇、穏やかな円高、着実な賃金上昇、この三つがそろうことが肝心だって、大ちゃんにさんざん言われてきた気がするけど。

大地 そうだね。緩やかに事態が進んでいる間に金融政策を正常化していくようにすることが最大のテーマだろう。下手をして日銀と円への信認が国際的にも国内的にも揺らぐような局面があったら、それこそ大変なことだからね。キャピタルフライトが起きるなんて悪夢としか言いようがないわけだから。

里花 キャピタルフライトって聞いたことがある気がする。

大地 資本逃避といって、円でいえば、投資資金や投機資金が円を見捨ててドルやユーロへ向かう状況で、日本でも金解禁のあった1930年に起こっている。もちろんいろんな対策が講じられるので簡単には再現はしないけれど、それに近いことは起きかねないからね。

里花 国民としてもぼやっとしてはいられないということ?

大地 これだけ財政に歯止めをかけずに来てしまったのは選挙民としての国民の責任もあるからね。ツケは払わざるをえないとすれば、最終的には増税と歳出カットの組み合わせしかないだろうよ。そこまでいくと日銀の仕事ではないけれどね。

里花 最後はなんだか怖い話になってきたわね。

大地 日本の力というか可能性はまだ捨てたものではないから知恵を出し合わないとね。日本をもっと魅力的な国にして、インバウンド(来日外国人)の拡大を通じて少しずつ経済力を強めていくのが近道と言っておこうか。それと遠回りなようだけど、教育や研究にもっとおカネをかけないと。この話はいずれまた。ではまた来ますね。

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