【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】今、基本法見直しをする意味を考える2023年6月22日
基本法の見直しを今やるということは、世界的な食料需給情勢の悪化を踏まえ、不測の事態にも国民の命を守れるように普段から食料自給率を高める抜本的な政策を打ち出すためだ、と誰もが考えたのではないだろうか。
食料自給率は「国内生産と消費に関する目標の1つ」?
「クワトロ・ショック」(コロナ禍の物流停滞、中国の食料輸入の激増(爆買い)、異常気象の通常気象化による不作の頻発、ウクライナ紛争)が襲いかかり、食料やその生産資材の海外からの調達への不安は深刻の度合いを強めている。
基本法の見直しを今やるということは、この情勢を踏まえ、食料自給率を高める抜本的な政策を打ち出すためだ、と誰もが(少なくとも筆者は)考えたが、違っていた。
驚くべきことに、現行基本法検証の「中間とりまとめ」においては、世界的な食料需給情勢の悪化については認識・分析されているにもかかわらず、食料自給率は、「国内生産と消費に関する目標の1つ」と、位置づけはむしろ低下し、食料自給率向上の抜本的な対策の強化などは言及されていない。何のための見直しなのか? が大きく問われる。
「国内生産と消費に関する目標の1つ」とした背景には、「一般に安定供給は、需要側で定義されるべきもの。これまで農業政策においては、自給率という供給側の目線から議論がなされていた。食料安全保障を、自給率という一つの指標で議論するのは、守るべき国益に対して十分な目配りがますますできなくなる可能性がある。」という指摘があると思われるが、この論点はなかなか理解しにくい。自給率は「供給÷需要」であり、供給側の目線ではない。
最近、「平時の食料安全保障」と「有事の食料安全保障」という分け方が強調されているが、「不測の事態でも国民の食料が確保できるように普段から食料自給率を維持することが食料安全保障」と考えると、分ける意味もよくわからない。
戦後の米国の占領政策により米国の余剰農産物の処分場として食料自給率を下げていくことを宿命づけられた我が国は、これまでも「基本計画」に基づき自給率目標を5年ごとに定めても、一度もその実現のための行程表も予算も付いたことがなかった。
平成18年に農林水産省は、食生活を和食中心にすることで食料自給率は63%まで上げられるとの試算も示しており、今後の行程表づくりや予算確保の1つの指針となると思われたが、そのレポートは今はネットなどで検索してもアクセスできなくなっている。
今回の基本法の見直しでは、食料自給率の位置づけを、むしろ「格下げ」し、自給率低下を容認することを、今まで以上に明確にしたとも言えるように思われる。
有事の増産命令の法制化?
さらに、生産資材の暴騰で倒産も相次ぐ日本の農業危機は深刻さを増している。それを改善するための抜本的な対策が出されないまま、有事には、作目転換も含めて、農家に増産命令を発する法整備をする方向性が示された。現状の農業の苦境を放置したら、日本農業の存続さえ危ぶまれているのに、どうして有事の強制的増産の話だけが先行するのか。
価格転嫁は重要課題だが
農産物の取引価格について、農家のコスト上昇分を販売価格に反映する「自動改訂」を 政策的に誘導する仕組みが基本法改定の目玉の一つのように言われているが、フランスでも実効性には疑問も呈されているし、小売主導の日本の流通システムでこれを確立するのは容易ではない。
しかも、消費者負担にも限界があるから、それを埋めるのこそが政策の役割なのに、政策での財政出動はせずに、あくまで民間に委ねようとする姿勢である。仮に、仕組みができたとしても、その時には、農家が激減しているかもしれない事態では、倒産しつつある農家を救うのに間に合わないことを認識する必要がある。その前に、欧米の「価格支持+直接支払い」政策を早急に導入すべきだ。
基本法と同時に議論すべき「食料安全保障推進法」
さらには、防衛予算を大幅に増やして、敵基地攻撃能力を高めて攻めていくことも想定するかのような議論が先行し、まっとうな農業の危機を放置したまま、だから昆虫食や培養肉や人口卵を推進しようとするかの機運さえ醸成されつつある。まともな食料生産を潰して、トマホークとコオロギで生き延びることができるのか。
この流れでは、我々の置かれている危機的な食料安全保障の崩壊のリスクを軽減することは困難である。今こそ、財務省により枠をはめられ、減らされ続けてきた農水予算の異常さを認識しつつ、事態を抜本的に変えるには、基本法とは別に、「食料安全保障推進法」(仮称)を超党派の議員立法で早急に制定し、財務省の農水予算枠の縛りを打破して、数兆円規模の予算措置を農林水産業に発動すべきではないか。
また、今こそ、地域から共同体的な取組みが重要になっている。「今だけ、金だけ、自分だけ」(3だけ主義)の日米のオトモダチ企業が国の政治を取り込み、農家や国民を収奪しようとするのを放置したら、物流が止まれば、国民の食料がなくなるが、農業の崩壊で関連産業も農協・生協も地域の政治・行政も地域そのものも存続できない。今こそ、協同組合、市民組織など共同体的な力による生産者と消費者を一体化するネットワークづくりで地域からのうねりを起こす必要がある。
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