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【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】牛にも人にも環境にも優しい経営が究極的には生産効率が高まる2023年7月6日

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牛を生き物として扱わず、牛の命を顧みずに、牛を道具としてしか見ずに、短絡的に処分して需給調整をしようとする非情さ、しかも、牛の血液からいただいている牛乳を余ったから捨てよ、というのは牛への感謝を忘れている。

牛は水道の蛇口ではない

「牛を処分したら15万円支給するから全国で4万頭を処分しろ」という事業の意味を考えたい。バターが足りないと言って国の要請で借金して増産に応じた酪農家に、それが軌道に乗った矢先に、今度は「牛処分して」というのは「2階に上げてハシゴを外す」話だ。

そして、牛を生き物として扱わず、牛の命を顧みずに、短絡的に殺して需給調整をしようとする非情さ、牛を道具としてしか見ていないというのが大問題である。しかも、牛の血液からいただいている牛乳を余ったから捨てよ、というのは牛への感謝を忘れている。

国民もたいへんだ。「セルフ兵糧攻め」とも言われるように、食料危機に備えて牛乳を国内生産で確保する力を強化すべきときに、逆に牛乳供給力を削いでしまったら、近い将来、こんどは足りないということになり、増産しようとしても、牛を育てて牛乳が搾れるようになるには3年近くかかり、絶対に間に合わない。そして、もう、再び、バターか足りなくなってきた。

酪農家も苦しみ続けている。不足と過剰への場当たり的な対応を要請され、酪農家は翻弄され、疲弊してきた歴史をもう繰り返してはならない。酪農家が限界に来ている。牛の命も翻弄されている。

今やるべきは前向きの財政出動だ。増産してもらって、国の責任で、備蓄も増やし、フードバンクや子供食堂にも届け、海外支援にも活用すれば、消費者も、生産者も、牛も、皆が助かり、食料危機にも備えられる。欧米では当たり前の政策を日本だけが廃止してしまったツケも大きい。

牛を大切にすることが持続性につながる

健康な牛とは何か。人間だけでなく、この世に生を受けたものすべてに共通することとして、快適に天寿を全うできることが、「健康」の意味ではないかと思う。筆者はビジネスとしての背に腹は代えられぬ酪農家の経営選択を否定するものでは全くない。酪農家が生きていくためには、経営の効率化が不可欠である。そのためには牛の立場から考えるような余裕はないかもしれない。牛のことばかり思いやって経営が倒産したのでは元も子もない。

しかし、ひとたび牛の立場に立ってみると、なかなか考えさせられてしまう。牛は効率的に牛乳生産をするための道具ではない。十分な運動のできるスペースも与えられず、搾れるだけ搾って、出が悪くなったら、2~3産で屠殺されてしまうのでは、牛の一生はあまりにも悲しくはないか。肉牛の場合は肉にするのが目的だから、そんなことも言っていられないかもしれないが、牛乳生産の場合は、可能な限り長生きしてもらうことは不可能ではない。

牛が十分に運動できる放牧スペースがないのに頭数を増加すると、牛が快適でないだけでなく、糞尿の過投入で、硝酸態窒素の多い牧草によって牛が酸欠症でバタリと倒れて死亡してしまう。これは「ポックリ病」とも呼ばれ、平均100頭程度死亡しているとの統計もある(西尾道徳『農業と環境汚染』農山漁村文化協会、2005年)。

そして、RBST(遺伝子組み換え牛成長ホルモン)は、牛を「全力疾走させてヘトヘトにさせながら」乳量アップの効率を追求しようとする技術の代表格であるが、絶対に大丈夫だと言われていたにもかかわらず、牛乳中のIGF-1(インスリン様成長因子1)の増加により人間に前立腺ガンや乳ガンの発症率が高まるとのデータが明らかになってきた。日本では認可されていないが、認可されている米国などの乳製品が素通りで日本に入ってきて国民はそれを摂取している。

結局、牛に無理をさせることによって、そのツケは人にも波及してきているのである。BSE(狂牛病)もまた、そうであった。牛乳の成分を高めるために、通常なら草を主体にする牛の食生活を人為的に変更してしまったツケといえなくもない。つまり、自然の摂理に逆らうことが、環境や牛の健康や人の健康に様々な悪影響を及ぼしつつある。

経営効率を優先することは大事だが、牛を酷使し、環境に負荷を与え、回りまわって人の健康をも蝕むならば、それで儲かって何になるか、ということになろう。業界としても、かりに目先の業界の利益にはなっても、全員で「泥船」に乗って沈んでいくようなものである。つまり、長期的には、本当の意味での経営効率を追求したことにはならないわけである。

我が国においても、かなり特別な経営ではあるが、6頭程度の少頭数飼いで、濃厚飼料は使わず、13産(15歳)まで天寿を全うするように育て、生乳はすべて自家で加工し、低温殺菌乳の宅配、ホテルとの契約、チーズ(7種類)とヨーグルト、お菓子の売店とネット販売で生計を立てている酪農家もある。さらには、代用乳は与えずに母乳で育て、牛が19歳で老衰で死ぬまで牛との生活を楽しみ、その生き方に共鳴した消費者が支えとなっている経営もある。

農業、酪農・畜産の営みというのは、健全な国土環境と国民の心身を守り育むという、大きな社会的使命を担っている。本当の意味での「強い酪農・畜産」を自分達の力で築くこと、それは単純に規模拡大=コストダウンでは実現できない。「少々高くてもモノが違うから、あなたのものしか食べたくない」という消費者との信頼関係こそが本当に強い酪農・畜産を実現する。スイスのように、生産過程が、環境にも、動物にも、生き物にも優しいことが、できたものも人に優しい「本物」になるという視点は重要である。

環境にも、家畜にも、人にも優しい酪農・畜産は、経営効率と矛盾しない。牛にも人にも環境にも優しい経営が究極的には生産効率が高まるのだ。牛を酷使するのでなく、牛の健康を大切にすることが、一番生産性を高め、経営の持続につながることを忘れてはならない(注)。

(注)家畜にとって理想の環境は次の三つである。「外気と同じ品質の空気」、「草原と同じ機能を持った牛床」、「食う、飲む、横臥の自由」。我々に必要な考え方は、「理想に近づける」である。理想に近づいた程度と家畜の健康度はパラレルの関係にある。動物にも人にも優しい環境を創ることが高い生産性を得る唯一の方法なのである(コンサルタントの菊地実先生の指摘)。

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