軽薄メディアと忍び寄る戦火【小松泰信・地方の眼力】2023年7月26日
「いわゆる台湾有事なども念頭に、政府は沖縄県の宮古島に住民が避難するためのシェルターをあらたに整備する方向で調整をすることになりました」と伝えるのは、7月25日朝7時台のNHK「おはよう日本」。
「調整」で済ませるほど軽い問題ではない
数年前からメディアが、「調整」という言葉を頻繁に使っていることが気になっている。「調整」とは、「ある基準に合わせて正しく整えること。過不足などを正してつりあいのとれた状態にすること」(デジタル大辞泉)。シェルター問題でいえば、「調整」を用いることで、その設置は既定路線で是非を問う段階は過ぎ、どう整えていくかの段階に入っていることを伝えることになる。
ここで用いる「調整」には、「シェルターの設置は本当に必要なのか」についての、真剣な議論、協議、検討をすっ飛ばす役割が期待されている。このような「語用」にはご用心。
西日本新聞(7月25日付)によれば、7月22日から3日間、沖縄県の南西諸島を視察した松野博一官房長官は、南西諸島の住民避難について「自治体や運送事業者と緊密に連携し、国民保護の実効性向上に努めたい」と強調するとともに、シェルターを巡り「人口や避難輸送にかかる時間を考慮し、規模や備蓄に関し議論しなければいけない」と語った。
政府は宮古島市でのシェルター整備を巡り、関連費用を2024年度予算の概算要求に盛り込む方向で調整、とのこと。
だれか、丁寧に説明してください
沖縄タイムス(7月25日付)の社説は、このシェルター問題を取り上げ、「『南西シフト』が急ピッチで進んでいる割に、質量ともに圧倒的に立ち遅れているのが国会での議論」とし、「戦争が起こるかもしれない、沖縄が再び戦場になるかもしれないというのに、国会論議は低調極まりない」と慨嘆する。
「なぜ、どのような状況下で、これらの島々が攻撃を受けるのか」
「国民保護法によれば、住民避難は『武力攻撃予測事態』に作動するが、誰がどのような局面で認定するのか」
「避難を望まない人や、飼っている牛や豚や馬、家畜類などはどうするのか」
「避難先での生活は誰が補償するのか。いつ帰還するのか」
「計画が具体化すればするほど島の分断は深まっていく。合意形成をどのように図っていくつもりか」
「島からミサイルを発射すれば、発射基地が攻撃される可能性は高まる。国際法で定められた軍民分離の原則は徹底されるのか」
と、止めどなく湧いてくる疑問を提示している。
そして、「沖縄は78年前の沖縄戦の戦後処理さえまだ終わっていない。帝国議会は『あの戦争』を止めることができなかった。平和憲法下の国会に課せられた役割は重大だ」と、自覚無き国会に重い課題を突き付ける。
基地は攻撃対象となる
NHK NEWS WEB(7月21日7時15分)によれば、防衛省は20日に沖縄県北大東村で、同村への移動式警戒管制レーダーの配備に関する住民説明会を開いた。
「中国軍の空母や航空機の活動が太平洋側で活発になっていて、監視を強化するためには太平洋側の島しょ部にレーダーを設置する必要がある」ことが配備理由。2か所の村有地、約8ヘクタールの取得を検討。配備決定後レーダーの運用や警備を行う隊員約30人が島に常駐。また、庁舎や体育館、それに火薬庫などを建設。これらが説明の要点。
住民が「レーダーが配備されることで標的にされるのではと恐怖を感じている」と質問したのに対し、担当者は「抑止力が向上するので北大東村の村民も含めて国民の安全につながる」と回答。
ほか、保安林の伐採でサトウキビの塩害を心配する声や、住民に対する説明が遅いといった意見が出たとのこと。
宮城光正(みやぎ・みつまさ)村長は、「自衛隊が配備されることで地域振興につながる」「災害の際にも復旧を早めてくれる」などと述べ、「村議会が全会一致で誘致の意見を可決していて、民意は反映されていると考えている」と語っている。
佐道明広氏(さどう・あきひろ、中京大学教授、日本政治外交史)は、「レーダーを置くことで中国軍が具体的にどんな活動をしているのかより把握できる」としたうえで、「有事の際には島内の自衛隊の施設をアメリカ軍が何らかの形で共同使用する可能性がある」「基地ができた場合は攻撃の対象になって住民をどう避難させるかの国民保護の問題が必ず出てくる。先島諸島ではこの問題をそっちのけで自衛隊の基地配備を先に行ったため、自治体が大慌てで計画を策定している。今後、北大東島でも同じ状況になると思うので、自治体が責任を持ってこの問題に取り組む必要がある」と、慎重かつ周到な準備の必要性を指摘している。
シェルターやレーダーは本当に必要なのか
琉球新報(7月23日付)の社説は、防衛省のこの説明会に参加した村民から、「今後も説明会を開いてほしい」「自衛隊が配備されることで標的にされるのではないかと脅威を感じる意見がある」などの声が上がったことを受け、「村による住民説明会は開催されておらず、誘致の目的や、住民生活への影響について村の考えが住民に十分に示されていないのが現状だ」とする。
また、村議会が可決した意見書では、自衛隊誘致により台風などの災害対応や本島への急患搬送の体制を強化できるとしているが、内倉浩昭(うちくら・ひろあき)航空幕僚長が、20日の会見で「今は(急患搬送の)速度や能力が上がるとは言えない」と述べたことから、「誘致による村議会の期待は当面、実現は難しい状況だ」と、冷静に諭している。
将来的なミサイル配備などを懸念する住民の声に対して、防衛省は「現時点では移動式警戒管制レーダー配備以外の検討はない」と説明したが、陸自駐屯地が配備された与那国島で、地対空誘導弾(ミサイル)部隊の追加配備が計画されていることを紹介し、「自衛隊の配備や強化が、周辺諸国との緊張をあおるようなことはあってはならない。誘致の効果が少なく、住民の負担増のみにつながるようなことがあれば、村や村議会は誘致の撤回も視野に入れるべきだ」と提言する。
確かに、昨年12月に決定した「国家安全保障戦略」など安保関連3文書には、南西諸島における避難施設確保や空港、港湾などの公共インフラ整備が記している。
しかし、本当に必要なのは、危機を煽ることではなく、シェルターも移動式警戒管制レーダーも必要の無い社会と日常をつくる努力である。そのために、知恵を出し、汗をかくことが政治家の役割。そのような政治家を守り育てることが国民の役割。
軽薄なメディアが垂れ流す、オオタニ、ナデシコ、コウシエンなどの渦に巻き込まれている間に、戦火は忍び寄っている。
「地方の眼力」なめんなよ
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