ホップ栽培の発展と衰退【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第249回2023年7月27日
『遠野物語』で名を知られている岩手県遠野市に1976(昭51)年に調査に行ったとき、ホップの通風乾燥機が導入されており、またかなり大型化したホップ摘花機も導入されていた。
そもそも遠野ではホップは栽培されておらず、64(昭39)年に初めて導入されたものだが、肉牛生産より有利だということで徐々に拡大し、また70(昭45)年からは減反奨励金を利用して開田地などをホップに切り替え、さらに肉牛生産の衰退で使わなくなって荒れ地化しつつあった草地や原野を開畑するなどして、ホップ作付面積を増やしてきた。私たちの調査した二つの集落を例にとれば、76年には40戸のうち12戸が約8ha、一戸平均65aを栽培するにいたっている。約10年でここまで急増したのは、高所得が農家の拡大意欲を刺激したことによるものであるが、同時に技術革新にもよるものであった。収穫・乾燥だけでなく、蔓の誘引、側枝剪定などの管理作業、防除作業の機械化も60年代後半に進展したのである。
これまでははしごをかけたり、竹馬に乗ったりして管理作業をやってきたのだが。いうまでもなくこれでは能率が悪い。しかもきわめて危険だった。それが機械化された。
トラクターあるいはテイラーが曳いたトレーラーに高いやぐらをつくり、そこの上に1人か2人登って作業をし、別の1人がトラクターを運転してその移動が自動的に行えるようにするのである。
こうした技術革新がホップの導入と規模拡大を可能にしたのだが、それを現実化できたのは経営面積の大きい農家だけだった。
そしてそれは、旧産地の小規模農家の駆逐、山形村山のような傾斜がきつくて圃場区画と経営面積の零細な地域の駆逐をもたらした。機械化に対応できないからである。トラクターが入って作業できるような、また畝幅がきちんと広くとれるような大きさの区画をもつ畑でないとやれなくなってきたのである。
この点で、遠野などの北上山地は条件に恵まれていた。傾斜の緩い小起伏地が広がっていたからである。それから秋田の大曲周辺などの水田地帯では減反を利用して水田にホップの大規模園地を造成するようになつた。
東北・北海道に野生のホップ(カラハナソウ)が生育していることからして、そもそも日本の北部はホップの適地だったのである。
このように60年代後半から70年代にかけて進んだ技術革新と農地開発は東北の山間地におけるホップ作の発展を展望させたものだった。
中山間地帯の希望の星としてその生産を増やしてきたホップ、がんばった。しかし、もはやその栽培面積を増やすわけにはいかなくなってきた。
ホップの需要が減ったからではない。ビールの需要は大きく伸びており、それに対応してホップの需要も増えている。しかし、その需要は外国産ホップでまかなうことができる。というより国産の半値以下の輸入ホップに切り替えた方がいい。それでビール会社は契約栽培面積を増やそうとしなくなったのである。とくに1990年前後からは輸入の増大で作付面積が大幅に縮小させられた。
ホップばかりではなかった。
言うまでもなくビールの主原料はビール麦である。
1960年代後半、東北本線沿いの新田村(現・迫市)では、その村の畑の四分の一でビール麦を栽培していた。ビール麦も国内でつくれるのだと改めて実感したものだった。
しかし、農産物の輸入自由化の圧力はその実現を許さなかった。12万㌶にまで伸びた作付面積も、低価格での大量輸入によって1970年代には皆無となっていた。
当然のことだった。展望のなくなったホップ・ビール麦栽培を若者はやろうとしなくなった。
もちろん、がんばって取り組んでいる農家もいる。何とか応援していきたい。と言っても、もう私にはせめて遠野産のホップを使ったビールが販売されるとそれを必ず購入するくらいしか応援できないが。
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