(342)インドのコメ輸出禁止:何を学ぶか【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2023年7月28日
食料を海外に依存すると国際情勢の変化に敏感にならざるを得ません。7月中下旬はコメ輸出をめぐる状況が大きく変化しました。報道内容を中心に振り返ってみましょう。
2023年7月12日、米国農務省は7月の需給見通しを公表した。トップニュースはロシアの小麦輸出が過去最高水準になる見込みというものだ。これはこれで非常に興味深い内容である。
一方、同じ公表中に見られた2023/24年度の世界のコメ生産量は、前月と同様5.2億トン(精米ベース)で変化していない。また、世界のコメ輸出数量は前月の5,582万トンから5,634万トンと微増である。最大のコメ輸出国であるインドの輸出数量見込みも2,300万トンで先月同様、相変わらずインドは凄い...という状況であった。
これが変化したのは7月13日だ。ブルームバーグ・ニュースが「インド、大半のコメを対象にした輸出禁止措置を検討―関係者」と配信した。この時点での内容は、「バスマティ種を除く全てのコメ輸出を禁止」「インドによるコメ輸出の約80%に影響」という内容である。
さらに一週間後の7月20日、インド政府は検討結果を実行に移した。翌21日にはロイター・ニュースが「インドがコメ輸出規制、価格上昇へ ヴェトナムは供給確保指示」と配信し、インド政府の発表を受けた他国の動向が伝えられている。
消費者レベルでは世界各国に住むインド系〇〇国人にとり、自国から輸出されるコメは普段の食生活における重要食品である。それが従来通りに買えない状況になる...と、心配した人々による不安、買い増し、コメ価格の上昇...などが想定された訳だ。
ロイター・ニュースによれば、世界のコメ輸出の40%を占めるインドは昨年世界140か国に2,220万トンのコメを輸出している。昨年の数字をそのまま当てはめた場合、高級米であるバスマティ米以外のコメとは、非バスマティ白米1,030万トンを含む1,786万トン相当であり、輸出全体の8割が今回の輸出禁止の対象となる。この影響は大きい。
7月25日、ヤフー・ニュースは「インドのコメ輸出禁止、越産米の絶好機会に」「ヴェトナムのコメ輸出業者が値上げや長期契約締結の好機を迎えている」と伝えた。ヴェトナムのコメ輸出企業の受注高もインド政府の発表以降、大きく伸びているようだ。
さて、日々変わるこうしたニュースに即時対応するのはリアル・ビジネスに携わる人間には必須である。一方、少し離れた視点から全体を見通すことも必要だ。
本来、食料というものは自国内で調達できれば一番良いことは言うまでもない。だが、世界各国が直面している状況や人々のニーズは皆、異なる。そして、日本を含めた多くの国々が、現代社会では輸入を前提とした食料調達の仕組み、いわばグローバル・フ―ド・システムが全て順調に機能するという大前提のもとで日々の生活に対応している。
かつて、1970年代末、旧ソ連がアフガニスタンに侵攻した際、米国はそれに対抗するために対ソ穀物禁輸を実施し、食料安全保障論と「武器としての食料」が一躍脚光を浴びた。これに対し、ソ連は必要な穀物を南米アルゼンチンなどから輸入した。その結果、有力顧客を喪失した米国内には余剰穀物が溢れ価格は下落、輸出禁止を実施したカーター政権が2期目を迎えられなかった要因の1つにもなった。米国の冷徹な分析は、穀物禁輸は一時的な心情には応えるものの、全体として見れば「割に合わない」というもので、そのポリシーは現在まで継続している。
さて、農林水産省によれば、2020年3~12月の間、新型コロナウイルス感染拡大等による農産物・食品の輸出規制実施国は19か国にのぼる。これらの中には、ロシア、ユーラシア経済同盟、ウクライナ、ヴェトナム、ミャンマーなどが含まれる。理由は異なれ「穀物輸出禁止」は未だ現役の手段であり、今回インドもそれを実行した訳だ。
* *
世界市場で農産物貿易に求められる動きは、不足時には国内優先だが余剰があれば輸出、この切り替えの早さ、というのが現実です。日本のコメも一本調子ではなく、状況に応じこうした柔軟な対応が出来るような日が来てほしいものです。
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