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(346)「五品江戸廻送令」の既視感【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2023年8月25日

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大学から世の中の動きを見ていると、ふと既視感(デジャブ)を得ることがあります。あくまで書籍などで得た既視感ですが、それでも歴史は繰り返す…のかもしれません。

近代日本の歴史で誰もが思い出す2つの条約がある。嘉永7年の日米和親条約と、安政5年の日米修好通商条約、これらは中学や高校の歴史の授業で学んでいる。
後者の締結は西暦1858年6月19日、今から165年ほど前になる。この年、当時の幕府は米国を皮切りに、3か月ほどの間に蘭、露、英、仏とも個別に修好通商条約を締結した。これは一般に「安政の五か国条約」(不平等条約)として知られている。少し調べてみると、その後10年余りの間にさらに何か国とも同様の条約を締結している。

司馬遼太郎の世界観では、このあたりから『竜馬が行く』や『燃えよ剣』、そして最後は『翔ぶが如く』の世界になる。筆者も当時の歴史は、こうした小説などをベースとして定番理解をしていた時期が長かった。これに受験勉強の知識として、日米和親条約では下田・函館、日米修好通商条約では先の2港に加え、神奈川、長崎、新潟、兵庫が追加とされたことなどを詰め込んできた。さらに領事裁判権や関税自主権などの用語を覚えた。

司馬史観は面白い。だが、それよりも具体的な当時のビジネスという視点で見るとこの時期の歴史は非常に興味深い。
安政6年に「五品江戸廻送令」というお触れ(規制)が出されている。この五品(ごひん)とは、雑穀・水油(注:菜種油)・蝋・呉服・糸である。お触れを文字通りに読めば、この5品目は江戸へ廻送せよ(直接輸出港へ出してはいけない)というものである。修好通商条約のわずか1年後、なぜ、このような規制がなされたか。江戸に5品が無くなったというのが理由のようだが、事はそれほど単純ではない。

一般に、規制というものは往々にしてある現象がかなり目立ってから登場する。はじめは誰も気が付かないか目こぼしされる。同じ行動を行う人が増えると、それまでの社会的あるいは経済的な「秩序」に影響が生じる。既存ルールを固守したい勢力からは一定の抵抗が規制の形で表に出る。それでも新興勢力の流れが止まらない場合には、既存勢力が新興勢力と手を組むか、自ら新しい市場に参入する。現代で言えば、大手が出資した格安航空券会社のようなものだ。

さて、前回も記したが幕末から明治初期の日本の輸出品の中心は生糸である。そう見れば、五品と書かれていても実質的な対象は生糸だとわかる。東日本で言えば、現在の栃木・群馬・長野・山梨、埼玉、そして東京の西部あたりが産地であった。内陸産地から輸出港までの輸送、これは河川か陸路になる。利根川水系・荒川水系ははるか昔から十分に利用されてはいたが、おそらくは大手が牛耳っていたであろう。また新たに開港したルート、つまり現在の横浜に流れ込むルートでもない。こちらは陸路の方が近い。

以下は想像の世界になる。
産地の農家が産物を高く購入してくれる市場に出す場合、従来型の方法は大手経由の江戸ルートである。これに対し、江戸の大手を通さず、直接、輸出港へつなげた方が、生産者・輸入者の双方にメリットがある。いわば単純な経済原則だ。だが、それをやられると老舗の商人は困る。そのため、五品は必ず「江戸(の御用商人)を通せ」というのが先の「五品江戸廻送令」の意図するところであろう。

結果はどうなったか。わずか6年後の文久3(1863)年、このお触れは幕末の動乱と諸外国からのプレッシャーにより実質的に無用となり、さらに4年後にはお触れを出した幕府も大政奉還を経て明治新政府に代わった。その後の明治期における生糸輸出の興盛は繰り返す必要もないであろう。

* *

過去10年ほどのTPPから日米貿易協定に至る過程を見ていると、途中まではまさに既視感を持ちます。さて今後、当時の生糸に相当するものは何になるのでしょうか。

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