愚策インボイス制度を許さない【小松泰信・地方の眼力】2023年8月30日
8月28日、今年10月に始まる予定のインボイス(適格請求書)制度に対し、著作権団体が中止を求める共同声明「弱者救済に逆行するインボイス制度の中止を求めます」を発表した。
エンタメ・芸術分野も黙っていない
共同声明を発表したのは、協同組合日本脚本家連盟、一般社団法人日本児童文学者協会、協同組合日本シナリオ作家協会、協同組合日本写真家ユニオン、公益社団法人日本図案家協会、の5団体。団体を構成するメンバーのほとんどが個人事業者で、その多くが免税事業者に該当する。声明文の概要は次の通りである。
-今回のインボイス制度導入を契機に、免税事業者であるメンバーが「適格請求書発行事業者」になれば、「実質増税による収入減」となる。「免税事業者」のままでいれば、発注(仕事)を失う可能性が高まる。よって、いずれの場合も収入減は免れない。
財務省は、消費税の免税点制度(小松補足;税法によって一定金額に満たなければ課税しないとする金額。消費税の免税点は、課税売上高が1,000万円)を、「小規模な事業者の事務負担や税務執行コストへの配慮から設けられている特例措置」と説明しているが、当該制度の導入により、「免税事業者の事務負担や税務執行コストはより大きくなり」、事業者免税点制度をも有名無実化する。
新型コロナ感染症の拡大以降、特に、エンタテインメント・芸術分野に携わる個人事業者は大きな打撃を受けた。収入が大きく減り、疲弊しているところに、物価高騰がさらなる追い打ちをかけている、とその苦境を訴える。
さらに声明は、業界全体に及ぼす問題点も指摘し、「私たちは、弱者である免税事業者にとって、実質増税となるインボイス制度の導入に反対し、さらなる混乱を回避し、今ある混乱を収束するために、一刻も早い、実施の中止」を求めている。
インボイス制度を導入する政権にはレッドカード
当該制度については、藤井聡氏(京都大学大学院教授)が本紙(8月28日付)で、「インボイス制度の恐ろしさを知る国民は、多くの農業関係者たちも含めて限られている。その結果、知らず知らずの内に、多くの農業関係者は、より高い税金を吸い上げられる事になり、ただでさえ苦しい農業ビジネスがさらに苦しくなることは必至なのだ。例えば、800万円の粗利を挙げている零細農家の場合、インボイスに登録してしまえば約73万円もの大増税になるのだ。ただでさえかつかつで農業を続けている農家にとって、73万円の増税は、致命的なダメージをもたらすであろう」と、看過できない問題点を指摘する。そして、「これだけの大ダメージを与えるインボイス制度を、この不況と物価高のダブルパンチであらゆる業界が疲弊している最中の今年の10月に導入するという政治決定は、まっとうな政府においてはあり得ないとしか言いようがない。インボイス制度の凍結、もしそれが難しくとも、経済が回復するまでは『延期』するのが絶対的に求められる政治決定なのだ。岸田内閣のまっとうな政治判断を心から祈念したい。もし、それができぬというのなら、そういう政治決定を行った政権は、交代してもらう以外に、日本の農業を含めたあらゆる産業を守るために、是が非でも必要だ、ということになるであろう」と、政権交代にまで言及している。
JAグループはインボイス制度に賛成ですか?
2022年10月26日付の当コラムでは、農民連(農民運動全国連合会)が出している新聞「農民」(2022年10月24日付)が、「そもそもインボイスは免税事業者つぶしの制度です。財務省は免税事業者の4割が課税事業者になることを選択し、2480億円の税収増になると見込んでいます。こんな制度を許すわけにはいきません」と、怒りと危機感をあらわにしていることを紹介し、たかが2480億円の税収増と引き換えに、農業者を含む免税事業者の多くを苦境に陥れ、最悪の場合廃業に追い込むことが、いかに愚かしいことかを指摘した。
ところが、わが国の農業者のほとんどを組合員とするJAグループから、インボイス制度反対の声は聞こえない。知見の及ぶ範囲で言えば、「導入に際して混乱が生じないように丁寧に説明させていただきます」、というような姿勢がうかがえるだけ。
藤井氏は政権交代にまで言及しているが、それでもJAグループは動きませんか。それとも動けませんか。
インボイス制度で格差拡大
厚生労働省は22日、「2021年所得再分配調査」の結果を公表した。朝日新聞デジタル(8月22日付19時30分)は、格差の大きさを示す「ジニ係数」(0~1の間で、格差が大きいほど数値が高くなり1に近づく。全員が同じ所得だと0になり、全所得を1人が独占していると1になる)が、税や社会保障による再分配前の当初所得で0.5700となり、前回17年の調査(0.5594)から上昇。過去最高だった14年の調査(0.5704)に次ぐ水準となったこと。また、公的年金の給付などを含む再分配後の所得でもジニ係数が0.3813となり、17年の0.3721から微増したこと。これらから、世帯ごとの所得格差が拡大していることを伝えている。
小塩隆士氏(一橋大経済研究所教授)は「大きな数値の変化はないが、いずれの指標も方向としては格差が拡大していることを示したと言える」とし、「所得や雇用環境がよくない非正規で働く人たちがコロナ禍でより大きな影響を受けたことを反映している可能性がある」とみる。今後についても、「就職氷河期世代が高齢層の仲間入りをすると、年金をもらえる人ともらえない人の区別がはっきりしてくる。これから格差が小さくなっていくとは期待できず、『貧困の高齢化』について注視が必要だ」とコメントしている。
高知新聞(8月28日付)の社説は、「所得の格差を縮め、中間層を育成することは重要な政策課題となっている。不公平感が強まるようでは社会不安を高めかねない。対策の強化が求められる」と警鐘を鳴らす。
コロナの法的位置付けが5類に移行し、社会経済活動の活発化しているが、「先行きへの不安」を指摘する。具体的には、「企業向けの実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)は返済が本格化して、企業倒産が警戒される。物価高も長引き、暮らしが圧迫されている。賃上げはあっても実質賃金はマイナスが続く。家計を切り詰めざるを得ない状況」、そして「税金や社会保険料の割合は上昇傾向にある」、さらに、「岸田政権が掲げる防衛費増額や少子化対策の充実などで負担の上昇が想定される」等々である。
厚生労働省のまとめを待つまでも無く、「社会保障・税の再分配機能」には格差縮小への一定の効果がある。視点を変えれば、それが無ければ格差は拡大する。だからこそ、この国に暮らす人々の所得格差を拡大させ、尊い生業を廃業に追い込み、貧困を加速させる、「愚策インボイス制度」の導入を絶対に許してはならない。
「地方の眼力」なめんなよ
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