【やさしい経済の話】貿易赤字の行方(上)エネ高騰が攪乱要因 浅野純次・元東洋経済新報社社長2023年9月11日
経済に詳しい元東洋経済新報社社長で石橋湛山記念財団評議員などを務める浅野純次氏が解説する「やさしい経済の話」。今回は「貿易赤字の行方」について問答形式で解説してもらった。
かつては貿易立国といわれた日本ですが、貿易収支の大幅な赤字が続いていると知り、農家の主婦、里花(りか)さんもこの先、大丈夫だろうかとちょっと気になってきました。その一方で日本の農水産物の輸出は年々拡大しているという話も聞こえてきます。貿易の話なんて家人や知人と話したことなどまるでない里花さんですが、日本にとっても、自分たちの生活にとっても案外、大事なことかと思っていたところへ従兄でジャーナリストの大地さんがやってきたので、待ってました、とばかり質問を浴びせ始めます。
里花 大ちゃん、お元気そうね。おじさん、おばさんもお元気? 今日もいろいろ教えてもらえるとうれしいわ。
大地 ちょっと会わなかったけど、里花ちゃんも猛暑を乗り越えたらしいね。今日も久しぶりにいろいろ話ができそうで楽しみだ。
里花 ほんとに猛暑続きで、近所の農家はどこも苦労しているわ。それで今日教えてもらいたいのは貿易のことなの。円安で貿易がどうなるのかも含めて、農業の今後にとっても大事なテーマだと思うんだけど。
大地 これはびっくりだね。実は来る前に里花ちゃんから今度はどんな質問が出るかと考えて、もしかしたら貿易のことかなと。それで近々、原稿を書く予定もあったので、統計などノートにとったところだ。だから数字も正確に答えられると思うよ。
里花 もうだいぶ前だけど、貿易赤字が過去最大って新聞で見たような記憶があるのよね。
大地 うん。2022年度は輸出が99兆円、輸入が121兆円で、貿易赤字は21兆円を上回った。これまで最大だった2013年度の赤字13兆円を5割も上回る大きな赤字だったんだね。あのときも原発の停止などで原油やLNG(液化天然ガス)の輸入が増えた上に、価格も高騰したのが大きな赤字の原因だったので、日本の輸入はエネルギー価格に振り回される宿命にあるということだね。
里花 輸入全体に占めるウエイトではエネルギー関連がやっぱり一番高いのかしら。
大地 原油が8%、LNGが5%くらいで1、2位を占めていて、医薬品、半導体、通信機など3位以下の分野が比較的安定しているのと比べると、エネルギー関連は圧倒的に撹乱要因といっていいだろうね。
里花 原油やLNGというとやっぱり中東から輸入しているわけ?
大地 原油はサウジアラビアが40%、UAE(アラブ首長国連邦)が35%、クウェートとカタールが8%ずつだから、中東産原油のウエイトは9割を超えているね。だからペルシャ湾やマラッカ海峡がいったん有事のとき、日本の原油調達は非常に危ういと言われるのさ。
里花 中東以外からの調達を増やせないのかしら。
大地 言うはやすく、でなかなか難しい。でも中東内での分散も必要だね。インドやアジア諸国は米州大陸やアフリカなどのウエイトを高めている。それと備蓄も大事だ。日本は結構、がんばっているけれど、ベネルクス、北欧、英米などに比べるとまだ増やす努力をすべきかもしれない。
里花 LNGはどうなの?
大地 原油と違って、分散は進んでいるよ。オーストラリアが35%、あとマレーシア、米国、クウェート、ロシア、ブルネイなどが10%前後だから、かなり理想的だね。ロシアのガスはちょっと問題含みだけれども。
里花 エネルギーと同じように自給率が低い食料輸入はどうなのかしら。
大地 輸入全体の中で食料のウェイトはどのくらいだと思う?
里花 そうねぇ、エネルギー資源が13%って話だったから、食料は10%くらいかな。
大地 いい勘してるね。大したものだ。実はあまり正確な統計を調べる余裕がなかったんだけど、ざっと言って農産物が7兆円、水産物が1・5兆円、加工食品が2・5兆円くらいとして総輸入額の9%くらいになるはずだ。穀物価格の高騰がときどき話題になるけれど、穀物のウエイトは輸入全体の0・5%くらいだから、現実にはエネルギー価格ほど貿易赤字を撹乱することはないけどね。
里花 食料での輸入先分散はどうなっているの?
大地 食料も分散は確かにとても重要だね。飼料用トウモロコシは米国6、ブラジル4なので分散とはとても言えないし、大豆も米国7、ブラジル2、カナダ1だから似たようなものだ。大凶作とか政治的問題が起きたら、日本の畜産業界は大変だと思うよ。
里花 円安で輸出は伸びているのかしら。
大地 そこが問題でね。普通なら競争力が増して大きく伸びていいところだけれど、思ったほど伸びていない。日本の産業の国際競争力がそれだけ低下していることと、日本企業の輸出価格政策にもよるところが大きいんだと思うよ。輸出の主体は圧倒的に自動車で全体の15%、あと電子部品、鉄鋼、自動車部品、半導体製造装置、プラスチックなどが5%前後だ。
里花 よく言われるのは家電・音響製品や半導体の輸出がすっかり元気をなくしているってことね。
大地 競争力が落ちただけではなくて工場を海外に移転したために、海外法人が現地市場や第三国へ製品を売るのが増えている。日本の本社は設備投資の判断や為替管理など司令塔の役割をもっぱらしているだけなので、日本からの輸出は激減しているわけだ。
里花 日本の貿易も時代とともに大きく変容しているということね。
大地 ざっと振り返ってみると、戦後間もない1950年代は繊維や雑貨輸出の軽工業で食っていた時代で、外貨不足のため国際収支の天井というのがあってその都度、景気を抑制し輸入を抑えないといけなかった。1960年代は鋼材、造船など重厚長大の輸出が盛況を呈し、70年代からは電子機器、精密機器の黄金時代、2010年ごろまでは良かったけれど、2010年代に入ると輸出の伸び悩みとエネルギー価格の高騰で国際収支赤字が定着し始めた。と、ざっとこんなところかな。
里花 中進国から先進国、そして老大国って感じかな。いや大国じゃないか。
大地 貿易の姿は一国の消長を見事に表していると言えるかもしれないね。さて、そろそろコーヒーブレークかな。
里花 はいはい、少々お待ちを。
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