【JCA週報】一世代を経て:『レイドロー報告』再考 #8(イアン・マクファーソン、訳:和泉真理)(2010)2023年9月18日
「JCA週報」は、日本協同組合連携機構(JCA)(会長 山野徹JA全中代表理事会長、副会長 土屋敏夫 日本生協連代表会長)が協同組合について考える資料として発信するコーナーです。
今回は、当機構の前身であるJC総研が発行した「にじ」2010年春号に、イアン・マクファーソン氏が執筆された「一世代を経て:『レイドロー報告』再考」です。
ボリュームの関係から9回に分けて掲載いたします。途中で他の掲載を挟んだ場合はご容赦ください。
一世代を経て:『レイドロー報告』再考 #8/全9回 (2010)
イアン・マクファーソン(ヴィクトリア大学名誉教授)
訳:和泉真理、監修:中川雄一郎
はじめに(#1)
1.レイドロー報告考察の2つの論点(#1~#4)
2.変化するグローバル社会における協同組合の位置づけ(#5~#7)
3.レイドロー報告の最も重要な部分一第V章「将来の選択」一(#7)
おわりに
(1)レイドロ一報告の重要性一彼のアプローチ、方法論の認知一(#8)
(2)協同組合の基本的目的の再考、複眼的理解に基づく協同組合運動の再考を(#9)
おわりに
(1)レイドロ一報告の重要性一彼のアプローチ、方法論の認知一
最後に、レイドロー報告の影響力の持続性は何によって説明されるのだろうか。多くの協同組合人は、レイドローの事例から何を学ぼうとしているのだろうか。彼の研究は協同組合を認識し理解することの本意について何を示唆しているのだろうか。
第1は、レイドローは一他のすべての人がそうであるように一完全に正しく変化を予想したり、課題を示唆したりした訳ではないが、それでも、レイドロー報告を正確に読むためには、協同組合運動が西暦2000年に向かって歩みを進めている途上で直面するであろう多くの変化を彼がどれほど適切に予想し、したがって主要な挑戦課題を彼がどれほど適切に示唆したかを理解しなければならない、ということである。
協同組合運動をめぐる変化や課題には、女性の役割の拡大、食料問題への取り組み、農村と都市の双方における地域コミュニティの強化、社会的協同組合を必要とするニーズの存在、そして協同組合と他の事業体との違いを明確にさせる協同組合の経営・管理の展開が含まれる。
しかし他方、全体的であれ部分的であれ、レイドローにも正しい判断ができなかった例がいくつかある。
例えば、1980年代にどれだけの人がそれを予想することができたのだろうか、ということはあるにしても、それでも彼は中央計画経済の体制が崩壊することを予想しなかったし、また彼は、多くの国々における全般的な国家権力の腐食や(少なくとも、最近に至るまで)すべての経済問題の対処を市場の能力に委(ゆだ)ねればよい、とする信念の復活を直視しなかった。
さらにまた、これは議論の余地のあるところだが、彼は、コミュニケーション・テクノロジー(通信科学技術)の影響力と環境問題を過小評価してしまったことから、協同組合企業が他の企業と異なる「質とニーズ」を内包していることを徹底して吟味し考察する時間を十分に費やさなかったと批判されるかもしれない。労働者協同組合(ワーカーズ・コープ)についての彼の見解は、なるほどその成長がこの30年間における国際協同組合運動の一つの重要な特徴となったとはいえ、あまりに楽観的であったと言えよう。
しかしながら、レイドロー報告に書かれている内容はこれらの点を超えて大いに持ち堪(こた)えている。彼は、レイドロー報告を書きながら、彼がどうしても語りかけたかった協同組合人の世代に大きな関心を向けさせた課題や問題をかなり明確に認識することができた。
レイドロー報告の「むすび」の章(第Ⅵ章)は、リーダーシップに関わるいくつかの課題や問題、すなわち、コミュニケーション、教育、政府との関係、資本の調達、有効なマネジメント・リソース(経営・管理資源)の開発、女性参加の一層の促進、より有効な国際協同組合援助プログラム、それにICA(国際協同組合同盟)への権限付与、を提起することによって、レイドロー報告の主要な論点のいくつかを明らかにしている。
そしてこの章は、しばしば引用されるアルフレッド・マーシャルの次のようなコメントをもって終わっている。「協同組合運動のより高度な活動のために、世界はまさに準備を整えつつある」。
このように、レイドローは、協同組合運動を常に批判してきたにもかかわらず、常に協同組合に確信を持ち、協同組合を信頼していた一人の協同組合人であったのである。
しかし、『西暦2000年における協同組合』を評価するためのおそらく最も重要な方法は、彼が「正しく理解した」、「部分的に正しく理解した」、あるいは「間違って理解した」ことを記載したスコアー・カード(得点表)によるのではない、ということである。
レイドロー報告について重要な点は、彼が用いたアプローチを知ること、すなわち、彼がレイドロー報告を著すのに用いた方法論を知ることなのである。というのは、多くの点で彼は、協同組合人が一協同組合運動を躊躇することなく批判する意志と力量を含め一これこそが自らの仕事(ワーク)だとする最も明確な特質のいくつかを表現していたからである。それは、協同組合人がそれによって他の多くの経済システムや社会システムの唱道者と差異を明示する方法の一つなのである。とはいえ、何にもまして、レイドロー報告は、「協同組合」の本質についての豊かな理解から現れ出たのであって、それ故、彼がそこで生き、働いた文脈から、また彼が協同組合運動の文献を広く渉猟(しょうりょう)したという点から考察されるべきであろう。レイドロー報告の強さは、長文で、洗練された分析にあるのではなく、(協同組合運動の)価値や経験に裏打ちされたところにあるのだ
* * *
エンパワーメント(empowerment)は一般に「自己決定能力・資格」を意味する言葉である。この「自己決定能力・資格」は、人びと一あるいは地域コミュニティーが必要なものを入手し利用できる法的・社会的・経済的パワーを含む能力や資格をそなえること」(東郷えりか)をまた意味している。
アマルテイア・センは『人間の安全保障』(「人間の安全保障と基礎教育」)のなかで「女性の独立とエンパワーメント」についてこう述べている。
「女性の幸福(well-being)について考慮され尊重される度合いは、その女性独自の収入があるかどうか、家庭外で雇用されているか、所有する権利を認められているか、識字力が身.についているか、教育を受けた者として家庭の内外で意思決定に加われるかどうかに大きく左右されるのです。実際、開発途上国でも、男性に比べて女性の方が低かった生存率の格差が急速に小さくなっているようです。女性がいっそう主体性をもつようになって、格差が解消される可能性もあります。このようなさまざまな特性(女性が収入を得る力、家庭外での経済的役割、識字力と教育、所有権など)は、一見すると互いに無関係のように思えるかもしれません。しかし、すべてに共通するのは、女性の独立とエンパワーメントを通じて、それらが女性の発言力と主体性を高める貢献をしていることです。」
(アマルティア・セン著・東郷えりか訳『人間の安全保障』集英社新書、2006年、pp.29-30.)
JC総研 協同組合経営研究誌「にじ」2017年 春号 No.658 より
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