基本法は本当に「農政の憲法」なのか【小松泰信・地方の眼力】2023年11月15日
日本農業新聞(11月10日付)によれば、全国552の総合JAの2022事業年度決算概況において、事業総利益(企業の粗利益に該当)が前年度比1.3%減。09年度から続く減少傾向に歯止めがかかっていない。とくに共済事業は前年度比5.9%と過去10年で最大の減益率。
信共依存型経営構造の行き詰まり
共同通信のとりまとめから、「全国農協20年で半減 25年春にも500割り込む 『1県1JA』5県実施 合併一辺倒、抵抗感も」といった見出しでJAの動向を伝えるのは西日本新聞(11月15日付)。合併を軸とした組織再編が加速する理由として、市町村合併や人口減少や低金利の長期化を背景に、財務基盤の強化を上げている。すでに5県ある1JA体制に、来年4月から宮崎県が加わる。検討中が12県あり、「厳しい経営環境が浮き彫りになった」としている。
「厳しい経営環境」とは、経済事業(購買・販売)の赤字を広義の金融事業(信用・共済)の黒字で補うという、いわゆる信共依存型の経営構造が行き詰まっていることを指している。
同紙は、とくに信用事業を「頼みの綱」と位置付け、その収支が心もとなくなっていることを、次のふたつの面から伝えている。
ひとつは、JAが調達した資金を運用する農林中金からの利益配分が、長らく続く低金利で落ち込んでいること。「金融の不振が経営に大きく響いている」と語るのは東日本のJA組合長。
もうひとつは、23年6月末現在、農林中金における外国債券など有価証券の含み損が1兆円を超えていること。「好転の兆しは見えない」と語るのは関東のJA組合長。
これに冒頭紹介した共済事業の落ち込みが加わる。推して知るべし。
万能薬ではないJA合併
厳しい経営環境の打開策として期待されるJA合併も、決して万能薬ではないようだ。
1県1JAに踏み出す宮崎県の場合、70歳以上の組合員が半数を占め、信用や共済を含めた事業総利益はこの10年で12%も減った。「合併効果が出るのは5年、10年先。体力があるうちに検討する必要があった」と語るのは西田和夫県中央会専務。
「まとまって市場に安定供給でき、発言力が増す」ことでの有利販売や、生産資材の共同購入で「経費が少しでも下がれば大きなメリットになる」と語るのは、都城市の生産者。
他方、秋田県のJA大潟村(大潟村)は「地域の特性が失われるならば合併しない方が良い」(小林肇組合長)と言うことや、合併によって手厚いサービスが削られるとの懸念が組合員にあり、組合員の8割超が反対し、県1JA構想の協議から離脱した。
熊本県のJAきくち(菊池市)も「農産物の販売手数料は上がるのか、農協ごとに蓄えた資金の扱いは、職員の待遇は-」といった統合後の具体像が定まっておらず、「組合員の疑問に答えられなかった」(担当者)ことなどから、当面の参加を見送った。
このような組織再編の動向に関し、両角和夫氏(東北大名誉教授)は、「大型合併しても財務が改善しない農協も多く、統合だけが選択肢ではないはずだ。合併により機能が中央に集中し、地域や組合員の主体性が薄れる懸念は強い。各農協の法人格を残したまま、営農施設など一部の機能を集約するといった緩やかな連携も検討してみるべきだ」と、コメントを寄せている。
JAグループ基本農政確立全国大会の概要
11月13日、JA全中と全国農業者農政運動組織連盟(全国農政連)は食料・農業・農村基本法改正や関連政策について与党に要請するため、JAグループ基本農政確立全国大会を開催した。参加者は4千人超(オンライン参加者も含む)。
日本農業新聞(11月14日付)によれば、実現を訴えた重点要請事項は次の4点に整序される。
「食料安全保障の強化」については、食料自給率・自給力など食料安保の状況を定期的に評価し、課題解決に向けて政策に反映する仕組みの具体化を求めた。
「適正な価格形成」については、仕組みの具体化や法制化を早期に実現するよう求めた。
「多様な経営体」については、経営規模の大小などにかかわらず、地域を支える農業者として位置付けることを求めた。
「JAなど関係団体」については、その役割強化の明記などを求めた。
森山裕氏(自民党食料安全保障検討委員会委員長)は、「食料安全保障の根本は人と農地。特に農地総量の確保は基本法見直しの一丁目一番地だ」と述べた。また、認定農業者らだけでなく、「多様な経営体」を基本法に位置付ける考えも改めて示し、「(その実現を)しっかりと約束したい」と強調した。
江藤拓氏(自民党総合農林政策調査会会長)は、「日本農業は規模の大きい農家もあれば、家族農業もあり、それぞれが協力して地域を守っている」「多面的機能も含めた農業の果たしている役割を基本法の中に書き込むことが大事だ」と発言した。
「農政の憲法」の魂はどこにある
ところで、「食料・農業・農村基本法」は、「農政の憲法」と位置付けられている。この国では、憲法をないがしろにする政治家が多いが、やはり極めて重要な位置付けであることに違いは無い。だとすれば、広く国民レベルでの盛り上がりが求められるところであるが、実態はそうではない。JAグループが4千人規模で催した大会を、ほとんどのメディアは無視。業界紙を除けば、約800人も参加した北海道の北海道新聞が概要を紹介している程度。「農政の憲法」という位置付けの割にはさみしい限り。さらに、「憲法」改正の議論にもかかわらず、JAグループは与党の国会議員を相手にするだけでよいのか、と言う疑問を禁じ得ない。
その理由は次のふたつ。
ひとつは、「憲法」ならば、当然、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と記す日本国憲法第99条の「憲法尊重擁護の義務」を、何党であろうと国会議員は負わねばならない。主催がJAグループだとしても、議員に自覚ある対応をさせるためには、あらゆる機会でその精神を徹底させなければならない。
もうひとつは、野党の国会議員に期待を寄せる国民も多数存在している。野党議員を通じて、広範な国民の願いを改正案の中に入れ込み、それによって農業や食料に対する国民の関心を、自分事として喚起させることが可能となる。
偏った政治的姿勢で「農政の憲法」改正に関わっても、国民の評価を得ることはない。
結果として、農業はもとより、行き詰まったJA経営をさらに悪化させる契機とはなっても、好転させる契機とはならない。
「地方の眼力」なめんなよ
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