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【浅野純次・読書の楽しみ】第92回2023年11月25日

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◎鈴村裕輔『政治家石橋湛山』(中公選書、2200円)

今年は石橋湛山没後50年。このためメディアが湛山を盛んに取り上げ、国会では石橋湛山研究議員連盟が超党派で立ち上げられています。今、石橋湛山に学ぼうという機運が高まっているのは心強い限りです。

戦前、骨太のジャーナリストとして活躍した湛山は、吉田茂内閣の蔵相に抜擢されて戦後復興に取り組みます。そして泣く子も黙るGHQの専横に果敢に立ち向かい、それが理由で不当な公職追放に泣かされました。

追放解除後、鳩山一郎内閣の通産相を経て、首相となり国民の熱狂的歓迎を受けますが、病に倒れ65日の短命内閣に終わります。潔い退陣でした。

その後も日中米ソ平和同盟の実現を目ざして奔走するのですが、そんな波乱の半生を膨大な資料を渉猟して書かれたのが本書です。識見は素晴らしかったけれど政治家としての手練手管に欠けた湛山が、いかにして頂点に上り詰めたのか。

吉田茂、三木武吉、岸信介などやり手政治家たちにもまれながら国家と国民のために一身を捧げようとする湛山の姿が浮かび上がります。そんな政治家のあるべき姿が失われて久しい昨今、本書に描き出される湛山像は一服の清涼剤ともいえるでしょう。広く読まれてほしい労作です。

◎岩村暢子『ぼっちな食卓』(中央公論新社、1870円)

食卓調査を10年置きに3回行い、母親からの聞き取りで家族の食事内容、家族同士の関係、健康状態などを細かく調べ上げた何ともユニークな報告です。

最初、乳児だった子どもは10年後に小学生、20年後は大学生ぐらい。この調査の面白いところは時点ごとの統計でなく、家族の経年変化ともいうべき定点観測にあります。

驚かされる点①/子どもが邪魔と言う母親。幼児の食事で自分の自由時間が制約されることを嫌がる母親の多いこと。ベビーサークルの中にいつでも食べられるスナックなどを入れて自分の時間を作るのだとか。

②夫の世話をまったくしない妻。自分勝手な夫にあきれて食事は一切用意しない妻ばかりです。夫はコンビニで買ってきてベッドの上で食べることに。

③20年後の家族が事実上、崩壊し、各人が勝手に個食している風景。聞き取りの母親のセリフがどれもすごい。④⑤⑥......(略)。読みだしたら止まりません。これで日本の将来は、と暗然たる気持ちになりました。

◎中野京子『名画と建造物』(KADKAWA、2035円)

ホッパーの「線路脇の家」に始まる20の名画を縦横に解説した、絵画好きにはたまらない一冊です。見開きのカラー図版と8ページずつの文章。この解説は何より絵画の緻密な説明で普通には気づかぬ画家の描き込みなどを教えられます。

時代背景や絵の歴史的価値などのほか、描き込まれた建造物の運命なども加わり、単なる絵画本とは違った趣があります。

モネ「サン・ラザール駅」、クリムト「旧ブルク劇場の観客席」、ゴッホ「アルルの跳ね橋」、モラン「自由の女神の除幕式」など、絵も有名ですが、対象となった建造物のよもやま話もなかなか面白い。

末尾のブリューゲル「バベルの塔」は彼ならではの微細な筆使いが話題の一つですが、豆粒以下の小さな人間が1400人以上も描かれているとか。思わず数えたくなってしまう人もいるでしょう。それぞれの絵解きもさることながら、歴史的な知識が得られるのも本書の大きな特徴です。

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