100年前に花市場を創った温室経営者たち【花づくりの現場から 宇田明】第24回2023年12月14日
前回紹介したように、今年はわが国初の花市場、高級園芸市場が有楽町に誕生して100年です。
今回は、関東大震災の混乱の最中に、その後の花産業発展の基となった花市場を開設した東京の温室経営者たちを紹介します。
米騒動をきっかけに、政府は食料の安定供給をはかるために、1923(大正12)年に中央卸売法を制定しました。
対象は魚類、肉類、卵、蔬茶、果実で、当然ながら花はありません。
半世紀後の1971(昭和46)年に卸売市場法が制定されるまで、花は法律の対象外でした。
そのため、温室経営者たちは組合をつくり、自ら花市場を開設することを決断しました。
組合長に烏丸光大(からすまる みつまさ)、理事長に伴田四郎(ともだ しろう)を選び、1923(大正12)年12月20日、わが国初の花市場を開設しました。
関東大震災のわずか3か月後のことです。
前回紹介したように、当時の温室経営者はいわゆる農民ではありません。
組合長 烏丸光大の烏丸家は藤原氏の流れをくむ公家、名家で家業は歌道。
光大の祖父 光徳は幕末、尊皇攘夷派として活躍し、明治維新後は東京府知事など要職を歴任、伯爵に叙せられる。
光大は1885年(明治18年)生まれ、19歳で烏丸伯爵家を継ぐ。
光大はたんなる伯爵家の若さまではない。
園芸好きで新宿御苑の第1期研修生、アメリカに渡り農場で研修生として働く。
箔をつけるための留学ではありません。
身体をつかって世界最先端の園芸を学ぼうとしたのです。
とはいえ、現在の日本とおなじで研修生とは名ばかり、実態は農業労働者でした。
伯爵にはさぞ辛い日々であったでしょう。
帰国後、1914(大正3)年、大井町篠谷の自宅に100坪の米国式温室を建て、二頃園(にけいえいん)と名づけ、カーネーション、バラ、温室メロンなどを栽培しました。
花市場開設の翌年の1924(大正13)年、自宅の温室が狭くなったので、東調布に分園として300坪の温室を建て、その後650坪に拡大しました。
東調布には、烏丸に続き米国帰りや大志をいだく青年たちが温室を建て、東洋一の温室団地と詠われた玉川温室村に発展しました。
最盛期には31名、12,000坪の温室が建設され、カーネーション、バラ、スイートピーなどの西洋切り花、鉢もの、メロン、トマト、イチゴなどが栽培されていました。
現在、玉川温室村はバス停に名を残すだけで、跡地は田園調布の高級住宅地として知られています。
市場の実務を取り仕切ったのは理事長 伴田四郎。
1915(大正4)年 東京帝国大学農学部農学実科を卒業し、すぐに蒲田六郷に温室を建て、カーネーションやメロンなどを栽培。
30歳で組合理事長になり、生産者には難しいといわれた市場経営を成功させました。
高級園芸市場の成功を見て、問屋も時代の流れを察し、せり市場へ一挙に転換がすすみ、全国で花市場が開設されるようになりました。
伴田は花の生産、市場経営のかたわら全国各地で花の栽培技術や販売方法などの講演をし、戦前の花産業の発展に大きな貢献をしました。
市場開設に深くかかわった湯浅四郎は、千葉高等園芸学校(現千葉大学園芸学部)助教授から温室経営と実業に転じた企業人。
蒲田に温室、有楽町駅前に売店をもつ東京農産商会を経営するとともに、高級園芸市場組合の母体となった大日本園芸組合の理事長を長く務め、温室経営者の指導者として活躍しました。
このように、日本初の花市場を創ったのは、当時の知識人、企業人、華族、米国帰りなどの温室経営者でした。
彼らの見識と行動力がなかったなら、問屋制度が続き、生産者は安定した販売先が得られず、戦前の花産業の発展はなかったでしょう。
残念ながら、温室経営者の多くは戦争による混乱期を生き抜くことができず、戦後の花づくりは土着の農民に引き継がれました。
参考資料
湯尾敬冶「世田谷の園芸を築き上げた人々」城南園芸柏研究会(1970年)
松山誠「あわひなる「花屋全史」手稿 花市場ができた当時の状況「高級園芸市場の副理事長をつとめた伴田四郎氏のはなし」」(2022年)
https://ainomono.blogspot.com/2022/10/blog-post_11.html
松山誠「100年を迎える花市場誕生の物語」FLOWE DESIGN LIFE(No.667)(2023年)
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