【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】観光業界が動いた地域農業振興プロジェクトに希望2024年1月4日
地域農業の危機が進行する中、地域の観光産業や、企業、商店街など、様々な分野の人々が一緒になって、地域全体を巻き込んだ自発的な地域経済活性化プロジェクトの中に、食料生産を位置づける取り組みも期待される。
民俗研究家の結城登美雄氏が話すように、「身近に農があることは、どんな保険にも勝る安心」であり、地域社会が成立する基盤に食料生産がある。もし地域の農地が荒れ、美しい農村景観が失われれば、観光産業は成り立たず、商店街も寂れ、地域全体が衰退していく。
14戸の「作り手」を900人の「食べ手」が支える
これを食い止めるために、例えば、ホテルや旅館が中心になって、農家がコメ一俵18,000円の手取りを確保できるように農家から直接購入して、おにぎりをつくったり、加工したり、様々に工夫して販路を開拓している地域もある。「鳴子の米プロジェクト」だ。
この取り組みは、山深い山間地の宮城・鳴子で、農業の衰退による地域の観光も含めた地域の衰退を食い止めようと平成18年に開始された。「作り手」が安心して米を作れる価格を決め、「食べ手」がその価格で予約購入するという「食べ手」が「作り手」の米づくりを買い支えるCSA(地域支援型農業)の取り組みと言える。
秋田との県境で山間地に合った米の試験栽培を行い、後に「ゆきむすび」という新品種が誕生した。地域の女性がその米で100種類のおむすびを試作したり、こけし工人や桶・漆の職人が地元材でおむすびをのせる器を作るなど、地域の力が集まり、みんなでさらに美味しい食への努力を続けた。プロジェクトが農家から18,000円/60kgで米を買い取り 、「鳴子の米通信」の発行経費、若者の研修支援費用などの運動維持経費を上乗せした24,000円/60kgで「食べ手」に販売している。
プロジェクトは、米の作付前の年始から予約の受付を開始し、昔ながらの自然乾燥くい掛けなどで農村風景を守り、11月下旬から12月に新米を発送しており、予約は収穫前に完了する状況。予約者は、田植えや稲刈り時に鳴子を訪れ、作業を手伝うなど、作り手と食べ手で交流を行っている。
地元の旅館などの買取りから始まった取組みが広がり、現在は900人余りの「食べ手」がおり、その8割は北海道から九州までの地域外の消費者が占めている。18年目を迎える現在、「作り手」は現在14戸、16ha、鳴子にあるJR中山平温泉駅近くでは、ゆきむすびのおむすびを提供する「むすびや」がオープンしている。鳴子の米プロジェクトでは、「農をあきらめない」挑戦が続いている。
天日干しの「くい掛け」(facebookから)
「女将の田んぼ」の日本酒「女将」
もう一つ、観光業界が動いた取り組みとして、福井のあわら温泉で、ホテルや旅館の女将さんたちが自分たちもコメ作りに参加して、できたおコメから「女将」という日本酒を造り、販売している取り組みがある。
結成20年になる「あわら温泉女将の会」の女将全員が「唎酒師(ききさけし)」の資格を持ち、「女将の田んぼ」に田植え、稲刈りし、平成26年(2014年)から始めたオリジナル日本酒「女将」は根強いファンを獲得し、さらに、女性をターゲットにしたスパークリング日本酒「OKAMI no AWA」も開発している。
このように、農家という大事な隣人が失われ、地域の産業と生活が停滞する前に、少々割高でも地元の農産物を買い支え、加工し、販売していくような地域プロジェクトが芽生え、拡大しつつあることも希望の光である。
出所: 「西Navi北陸」2023年12月号。
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