家畜の飼育と子どもの役割【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第273回2024年1月11日
2024年、コロナ禍もようやく治まり穏やかな新年を迎えられたことと存じます、といきたかったところだが、そうはいかなかった、元旦には能登半島を大地震、津波が襲い、翌2日には羽田空港で、日本航空の旅客機と海上保安庁の航空機が滑走路上で衝突ときたもんだ、旅客機の乗客乗員が全員無事だったことが救いだが。
私が生まれてから今年でちょうど88年目、2.26事件の直前に生まれたのだが、長く生きていればいろんなことにぶつかるものだ。
せめてこれからは何事もなく平穏な暮らしが送れるように、世界各地で起きている戦争、貧困がなくなるように願いたいものだ。
さて、話を戻して私の生まれたころ昭和初頭の話をさせていただくが、当時の農作業は、基本は人力であり、運搬、耕起・代掻きに畜力が導入されていた。また、前にも述べたことがあるが、運搬に関してはリヤカー、自転車も導入されていた。したがって重いものは牛馬車で、軽いものはリヤカーで運搬した。また、道路が狭くて牛馬車が入れないようなところ、小回りがきくことが必要な場合にはリヤカーが利用された。リヤカーを自転車の後ろにつないで運搬するということも行われるようになっており、これは楽な上に速くていいのだが、自転車は現在の自動車以上に高価であり、持っている家は少なかった。
ただし、冬は今のように道路の除雪がされないので牛馬車やリヤカーは使えない。それで馬そり(牛そり)、人力で引くそりが主な運搬手段となる。
なお、耕起・代掻きは畜力でと言ったが、すべての農家が家畜を所有しているわけではなかった。零細農家は畑は鍬、田んぼは三本鍬(備中鍬)でつまり人力で起こすか、家畜をもっている農家に手間替えで頼んで起こしてもらっていた。
私の生まれた山形県内陸部は馬ではなく、牛を使うのが普通だった。私の家でも「ちょうせんべご」(朝鮮牛)と称されていた赤茶色の牛を飼っていた。
幼かった頃、ギラギラ光る太陽の下で厚い毛皮を汗で濡らしながら、苦しそうに息を荒くはきながら、よだれを流し、汗をかきながら、重い鋤をつけて田んぼや畑のなかを行ったり来たりして土を鋤き起こしているのを見ると、牛がかわいそうでたまらなかった。
前に述べたが、その上に牛は、粗食に耐えさせられ、自分の産んだ仔牛を幼い頃に売られてしまうという悲しい思いをさせられる、そして最後には屠殺される、幼い頃はそれを見てかわいそうでたまらなかった(注)。
それで牛をこうした苦痛から解放するために何かないかと考えた。そして考えたもの牛に代わって、つまり畜力に代わって機械力を導入できないかということだつた。
しかし不思議なことに、牛以上に人間が大変だったということに小さい頃は思い及ばなかった。父母や祖父母の過重労働のことを考えなかったのである。さらに、牛が飼えない小さい農家は田んぼを人手で耕しており、これはもっと大変だったことも考えなかったのである。
いかに農業労働が大変かを実感したのは、自分が田植えや稲刈りの手伝いをまともにするようになってからのことだった。とくに女性が「角(つの)のない牛」とまで言われる状況にあったことは本当に後になって気が付いた。こうしたなかでやがて、「牛に替わって機械を」から「人間に代わって機械を」と考えるようになってきた。
その望みは1970年代以降かなえられた。機械化の進展は牛を辛い労働から解放してくれた。しかしそれは牛の追放でもあった。いらなくなってしまった役牛はほとんど見られなくなった。牛にとってどっちがよかったのだろうか。
機械は人間についても苦役的な労働から解放してくれた。機械はそうした役割をしてくれるものであり、本来からいえばそれだけでいいはずである。ところがそれですまなかった。機械は、少なくてすむようになった人間の労働力を、牛と同じように、農村から農業から追放した。機械は人間労働を節約するため、人間を救うためのものでなく、労賃を節約するためのものでしかないという資本の論理が農業にも働いたのである。
(注)本稿・2019年12月26日掲載・第81回「牛の売られる日 」参照
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