農基法後の農業機械化と農民【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第274回2024年1月18日
百姓の息子である私、貧しさからの解放と同時に、過重な労働からの解放を強く求めていた。そしてそのための重要な手段として農業の機械化施設化の推進を強く望んでいた。
しかし、1960年代に政府が農業基本法に基づいて推進した農業構造政策による機械化・省力化には疑問があった。
はたしてそれは本当に農民のためになるものなのだろうか。機械化・省力化で労働力を農業、農村から流出させ、低賃金長時間労働で働かせて大資本の成長、所得倍増を進めるためでしかないのではなかろうか。またアメリカ等の機械工業を設けさせるためのものてどしかないのではなかろうか。そして農業農村を衰退させ、貿易自由化でアメリカを中心とする外国の農産物を輸入させ、商工業等の巨大企業の所得を倍増させようとしているのではなかろうか。そんな疑問を抱かせたのである。
1966(昭41)年、岩手県中央部に位置するある村で増収のための暗渠排水事業を実施した。そのさい当時の農政の目玉商品だった「農業構造改善事業」を利用し、補助金や融資を得ることにしたが、それに付随してアメリカ製の大型トラクター、大型コンバイン、ライスセンターを導入せざるを得なくなった。
その年の秋、その農協からの依頼で調査に行ったとき、たまたまその大型コンバインで稲刈りをした田んぼのところに行った。
稲刈りの後の軟らかい田んぼの土にめりこんでいる太い太いタイヤの跡がぐにゃぐにゃうねりながら続いていた。何か傷痕のように見えた。田んぼが悲鳴をあげているような気がした。何だか知らないけれど、田んぼがかわいそうになった。
田畑の土はできるかぎりやわらかく保つということを農家の子どもは幼い頃からきびしくしつけられてきた。田畑のなかで遊んだりするのはもちろん作業以外で入るのは固く禁じられ、入ったりすると大声で怒られた。何も植えていない収穫後の田畑であっても用事もなく入ることは許されなかった。他人の家の田畑によその子どもが踏み込んでももちろん怒った。雪が深く積もったときに自由に田畑で遊び回り、走り回るのが許されるだけだった。作物が根を張る土地はやわらかくしていなければならず、また土地が硬くなっていては鋤や鍬で田畑を起こすとき大変だからである。まさに腫れ物に触るように大事にしてきた。
ところがその田んぼに固く踏みしめられた深い轍(わだち)(車輪の跡)がついている。
それで傷痕に見えたのかもしれない。
こんなことを思いながら田んぼを見ていたとき、稲刈りが終わったばかりの近くの田んぼのあぜ道に座って数人の中高年の女性が休んでいた。当時はまだ手刈りがほとんどだったのでその稲刈りに雇われてきた人たちだった。何となくあいさつして雑談になったとき、大型コンバインの話になった。一人が寂しそうにこんなことを言った。
「大きい人たちは機械で楽になったべからいいだろうけど、私たち小さいものはいらなくなるんだよね」
この女性たちは経営面積の小さい農家で、農繁期に経営規模の大きい農家に雇われて日銭稼ぎをしているのだが、去年まで引っ張りだこだったのに、今年はひまで、頼みにくればすぐに応じられるほどだった、機械化で自分たちの労働力はいらなくなる、これからどうしたらいいのかと不安をもらしたのである。
農業の仕事がなくなったからといって遊んでいるわけにはいかない。恐らくそのうち農外で地元以外で何とかして仕事をさがすだろう。それだもその人たちは淋しそうだった。たとえ経営面積が少なくて農業だけで食べていけないとしても、やはり彼らも農民の一員であるからである。ところがその農業から切り離される。
彼女等の目にはあの巨大なコンバインがどのように映ったのだろうか。巨大な怪獣が自分たちを田んぼから追い出そうとしているような感じがしたのではないだろうか。
これは零細農だけの感じではない。何とかして家族で手刈りでやっていこうと思っていた中農層の農業でがんばろうとする気持ちもあの巨大なコンバインに圧倒され、その前に立ちすくみ、時代に流されていくことを感じさせられ、結局は自分たちも農業から足を洗わざるを得なくなると感じさせたようだった。そういう意味であの二台のコンバインは中下層農に対する大きな示威になったかもしれない。
実際にそれから十年もしないうちに、日本の農地に適する中型機械が開発導入され、またビニール製品などわら縄やむしろに代わる化学繊維が開発導入され、それとともに若者は村外に流出し、中高年層も機械化貧乏からの脱却のために出稼ぎ等々で大都市に働きに行かざるを得なくなってきた。
まさに機械が農民を追い出したのである。
これは資本主義社会の冷酷な法則である。そしてそれは多くの農民に数限りない苦痛を与える。
1930年代のアメリカのトラクタリゼーションは70年代の日本以上の残酷さで農民を追い出した。スタインベック(注)の著した『怒りの葡萄』という小説はそれを痛烈にあばいたものだが、私はその小説を思い出し、日本の場合とひきくらべて見たものだった。
(注)ジョン・アーンスト・スタインベック。アメリカの小説家・劇作家。「アメリカ文学の巨人」と呼ばれ、その作品は西洋文学の古典と考えられているとのことだが、『怒りの葡萄』(1939年)はその代表作である。なお、2015年に伏見威蕃訳の新潮文庫版が発刊されているとのことである。
重要な記事
最新の記事
-
埼玉県内で鳥インフルエンザ 国内11例目2024年11月25日
-
【JA部門】全農会長賞 JA山口県 「JAならでは」の提案活動で担い手満足度向上 TAC・出向く活動パワーアップ大会20242024年11月25日
-
5年ぶりの収穫祭 家族連れでにぎわう 日本農業実践学園2024年11月25日
-
鳥インフル 米イリノイ州、ハワイ州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年11月25日
-
「JA集出荷システム」と生産者向け栽培管理アプリ 「AGRIHUB」をシステムで連携 農業デジタルプラットフォームの構築目指す JA全農2024年11月25日
-
卓球世界ユース選手権 日本代表を「ニッポンの食」でサポート JA全農2024年11月25日
-
佐賀県産「和牛とお米のフェア」みのる食堂三越銀座店で開催 JA全農2024年11月25日
-
JA全農×農林中金「酪農・和牛の魅力発信にっぽん応援マルシェ」新宿ルミネで開催2024年11月25日
-
EXILE NESMITH監修 くまもと黒毛和牛『和王』の特別メニュー提供 JA全農2024年11月25日
-
「第1回全国冷凍野菜アワード」最高金賞のJAめむろなど表彰2024年11月25日
-
「熊本県産和牛とお米のフェア」大阪の直営3店舗で12月1日から開催 JA全農2024年11月25日
-
都市農業・農地の現状と課題 練馬の野菜農家を学生が現地調査 成蹊大学2024年11月25日
-
食育イベント「つながる~Farm to Table~」に協賛 JQA2024年11月25日
-
薩州開拓農協と協業 畜産ICT活用で経営の可視化・営農指導の高度化へ デザミス2024年11月25日
-
「ノウフクの日」制定記念イベント 東京・渋谷で開催 日本農福連携協会2024年11月25日
-
省スペースで「豆苗」再生栽培「突っ張り棒」とコラボ商品発売 村上農園2024年11月25日
-
在ベトナム農業資材販売会社へ出資 住商アグロインターナショナル2024年11月25日
-
楽粒の省力検証 水稲除草剤の散布時間の比較 最大83%の時間削減も 北興化学工業2024年11月25日
-
【人事異動】北興化学工業株式会社(12月1日付)2024年11月25日
-
幼稚園・保育園など996施設に「よみきかせ絵本」寄贈 コープみらい2024年11月25日