続・農業の機械化と農民【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第275回2024年1月25日
自分たちとともに生きてきた地域の農民のために米をもっともっとたくさんつくってやりたいと思っていた水田が、大型コンバインという二匹の巨大な怪獣の爪で深く傷つけられ、悲鳴をあげているようだった。田んぼが泣いているようだった。
相対的に規模の大きい農家は、機械化で雇用労力を減らせるので収支はとんとんと計算していた。そうかもしれない。しかし次のことを考えて見る必要があった。
これまで上層農民は雇用労賃を下層農民に支払っていた。つまり同じ百姓と百姓の間のお金のやりとりだった。ところが今度はどうだろう。これまでの雇用労賃部分は農民の手に渡るのではなく諸機械の経費として機械メーカー、石油精製メーカーなどに渡るのである。つまり百姓の手からアメリカや日本の大きな資本に渡るのである。彼らは大喜びである。機械化で農民を追い出して低賃金労働力を手に入れるばかりでなく、機械や石油の販売でお金を手に入れるのである。ますます強く独占的な大資本の手のひらににぎられてしまうのである。
たまらなくなって私はその田んぼから目をそらし、青く澄んだ秋空を仰いだものだった。
1970年代、日本の農地に適する中型トラクターを中心とする機械化体系が確立し、過重労働からの脱却が大きく前進した。これは農家の望んでいたことであった。
しかしその機械化もやはり労働力を過剰にした。そしてそれは化学肥料、除草剤の普及によって拍車をかけられた。
同時に機械化は過剰投資、機械化貧乏をもたらした。
この過剰投資を解決するために、また過剰になった労力を生かすために、農家の労働力は農外に仕事を求め、大都市への出稼ぎや近隣の町の日雇いに出ていくようになった。また若者は農外に安定した職場を求めて大都市に流出して行くようになった。そしてやがては農村に必要とされる労力はいなくなり、過疎化へ、さらには耕作放棄へと進むようになる。
そしてそれは貿易自由化による農畜産物の輸入による価格低下によって拍車をかけられた。
いうまでもないが機械化・施設化は省力化を進める。ということはこれまで必要とされた労働力が不要になることを意味する。もう一方で機械・施設の費用が増えることを意味する。これでは赤字になってしまう。しかも機械施設は一年中利用できるわけではない。農繁期のほんの一時期使われるだけ、他の期間は遊休化することになる。経営面積が相対的に小さいからなおのことだ。機械だけではない、労働力も遊休化することになる。そこで問題となったのが機械化貧乏だった。労働時間が減るかわりに生活は苦しくなるのである。
それなら、機械・施設の共同所有、共同利用で過剰投資を解決し、コスト低下を図ればいい。
しかしそれでは自分の思う通りの作業ができない。大昔から続くむらの共同作業などからの独立自営を願ってきた農家にとってこれは我慢ができない。借金をしてでも、その借金を返すために農外に出稼ぎ、日稼ぎしてでも、個人で自由になる機械を手に入れたい。
となると、政府の言うように経営規模の拡大で浮いた労働力を活用することが必要となる。しかし規模拡大は容易でない。土地を手放す農家はいないからだ。
それなら成長農産物の畜産や野菜を導入し、その規模拡大を図っていけばいい。実際にやってみた。ところが、そこに貿易自由化による安い外国農畜産物の輸入が進むときた。さらに1990年代には米まで輸入されるようになると来たもんだ。
もうどうしようもなくなってきた。若者は将来性のない農業に、農村に見切りをつけてみんなみんな就業機会のある都会に流出していった。
それを決定的なものにしたのが、20世紀末のWTO合意だった。
土地を手放す農家はいても、それを手に入れて規模を拡大しようなどとする農家もいなくなった。これまでと逆になった。これまでは土地を買いたい人、借りたい人が多く、貸したい人、売りたい人が少なくなってきたのである。
しかし、そうなるだろうと言う人は少なかった、そして政府は貸す人、売る人に奨励金まで出して土地手放しを勧めた。
でもそれは逆だった。土地を借りる人、買う人を大事にすべきだった。しかしそんなことを言う人は当時は少数派だった。
その結果が耕作放棄の進展、農村部の過疎化の進展・高齢化の進展だった。
政府もマスコミもそれを大きな問題として取り上げず、その背景を明らかにしようとしなかった。物価問題は取り上げても、農業・農村・食料問題はほとんど取り上げなくなってきた。
それはイコール農業・農村の衰退であった。
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