『帰らんちゃよか』【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第283回2024年3月21日
2010年ころではなかったかと思う、ある夜、食事が終わって横になり、新聞を読んでいた。そのうち眠くなってそのまま寝てしまった。ふと目を覚ましたら、つけっ放しになっていたテレビから歌が聞こえてきた。
村に残る親が都会に出て行った子どもに向けて九州の言葉で歌っている歌のようだ。もう最後近くなっていたが、起きあがってテレビをきちんと見た。歌手は島津亜矢だった。
涙が流れてきた。止まらなかった。何という歌だろう。
次の日の朝、インターネットで検索してみた。あった、『帰らんちゃよか』(注1)という歌だった。改めて島津亜矢が歌うのをパソコンで聞いてみた。
「そらぁときどきゃ 俺たちも
淋しか夜ば過ごすこつも あるばってん
二人きりの 暮らしも長うなって
これがあたりまえのごつ 思うよ
‥‥‥‥‥‥(中略)‥‥‥‥‥‥‥
心配せんでよか 心配せんでよか
父ちゃんたちゃ 二人で何とか 暮らしていけるけん
帰らんちゃよか 帰らんちゃよか
今度みかんば いっぱい送るけん
心配せんでよか 心配せんでよか
どうせおれたちゃ さきに逝くとやけん
おまえは 自分の思うたとおりに 生きたらよかよ」
ちょっと長い引用になってしまったが、90年代後半から歌われているとのことだった。熊本の言葉とのことだが、これを東北の言葉で置き換えても十分に通用する。まさにこれは全国の農山村の高齢農家の気持ちを表している歌だった。
かつては松村和子の歌ったように『帰って来いよ』(註2)と子どもたちに向かって呼びかける歌が多かった。しかし帰ってきても農林業だけではますます食っていけなくなったし、家族の暮らしを支えるだけの所得を得られる農外の働き口は地方にさらになくなっており、帰って来いなどともはや言えなくなった。
もう今は老夫婦二人きりの暮らしにあきらめがついた。そして『帰らんちゃよか』=「帰って来なくたっていいよ」、こう言う時代になってしまったのである。
この歌の中に次のような歌詞がある。
「それでどうかい 都会は楽しかかい
今頃後悔しとっとじゃ なかつかい」
そうである。子どもや孫が都会で幸せに暮らしているなら、たとえ自分たちが淋しくともがまんができる。しかし、リストラとか派遣とか聞くと、豊かに暮らしているとは必ずしも言えないようだ。心配は絶えない。
やがて夫婦のうちどちらか片方が逝き、一人になる。孫たちも大きくなって遊びに来なくなる。ますます淋しくなった。
それでもがんばった。一人になったからこそなおさらだった。亡き伴侶の思いの、家族の思い出のたくさん詰まった家を捨てるわけにはいかなかった。耕作する田畑を少しずつ減らしながら、せめて自給するだけでも、家のまわりの田畑だけでもと、がんばった、腰が曲がって歩くのも大変になったが、それでもがんばった。
近所もみんなこんな家になってきた。こうした家々のお年寄りがお互い助け合いながらともかく生きてきた。夜淋しくなればテレビをつけた。その昔と違ってテレビと会話ができるので気が紛れる。
そしたら何と、そのテレビで自分たちと同じ思いをしている家々が2017年から紹介されるようになってきた。日本各地の人里離れた場所に、なぜだかポツンと存在する一軒家、そこにはどんな人物が、どんな理由で暮らしているのかを探るというのである。
何とその『ポツンと一軒家』(注3)、これが人気番組となり、いまだに続いている。
視聴率が高いということは現在の人口構成からして都市部での視聴率が高いということである。どうしてだろう、なぜ視聴率が高いのだろう、どういう人が見ているのだろう。単に人のいないところに住む奇人、変人を見てみたいということからではないだろう。都市部の成人人口のほとんどは2~3代前までは農村出身者、子どものころは休みになると帰ったところ、そのなつかしさが、あるいはその故郷を棄てた罪悪感が、あの番組を見させるのではなかろうか。
しかしあのポツンと一軒家もほとんどは後一代で終わり、やがては今住む人も介護施設・病院行き、誰も住まなくなっていくことだろう。そして灯はまた一つ、また一つと消えていく。
今、地方への移住に対する関心が高まっているという。それでNHK総合テレピでは、新しいライフスタイルや生き方を求めて一歩を踏み出した人々に密着する「いいいじゅー!!」なるドキュメント番組を2023年4月から毎週火曜昼休みの時間に放送するようになった。
これはこれでいいことなのだが、農業、農家と関わりのない事例も多く、何故か最近見ていない。放送をやめたわけではないと思うのだが、私の見逃しなのだろうか。事例が少ないからなかなか放送できないのだろうが、だとすれば悲しい。。
その昔、UターンとかIターンとかいう名で帰村・地方移住・転職が騒がれ、推奨されたことがあった。しかしそのうち尻つぼみ、話題にならなくなってきた。今回推奨されている「移住」もやがてそうなるのではなかろうか。
ちょっと明かりをともして期待を抱かせ、知らないうちに消えている、やっぱり「この世」は「この夜(よ)」なのか、闇夜なのか、そんな暗い気持ちにさせる、こんなことはもうご免なのだが。
(注)
1.作詞:関島秀樹、作曲:関島秀樹、2004年。
2.作詞:平山忠夫、作曲:一代のぼる、1998年
3.ABCテレビ・テレビ朝日系列、2018年10月7日から毎週日曜日の19時58分 ~ 20時56分放送。
重要な記事
最新の記事
-
埼玉県内で鳥インフルエンザ 国内11例目2024年11月25日
-
5年ぶりの収穫祭 家族連れでにぎわう 日本農業実践学園2024年11月25日
-
鳥インフル 米イリノイ州、ハワイ州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年11月25日
-
「JA集出荷システム」と生産者向け栽培管理アプリ 「AGRIHUB」をシステムで連携 農業デジタルプラットフォームの構築目指す JA全農2024年11月25日
-
卓球世界ユース選手権 日本代表を「ニッポンの食」でサポート JA全農2024年11月25日
-
佐賀県産「和牛とお米のフェア」みのる食堂三越銀座店で開催 JA全農2024年11月25日
-
JA全農×農林中金「酪農・和牛の魅力発信にっぽん応援マルシェ」新宿ルミネで開催2024年11月25日
-
EXILE NESMITH監修 くまもと黒毛和牛『和王』の特別メニュー提供 JA全農2024年11月25日
-
「第1回全国冷凍野菜アワード」最高金賞のJAめむろなど表彰2024年11月25日
-
「熊本県産和牛とお米のフェア」大阪の直営3店舗で12月1日から開催 JA全農2024年11月25日
-
都市農業・農地の現状と課題 練馬の野菜農家を学生が現地調査 成蹊大学2024年11月25日
-
食育イベント「つながる~Farm to Table~」に協賛 JQA2024年11月25日
-
薩州開拓農協と協業 畜産ICT活用で経営の可視化・営農指導の高度化へ デザミス2024年11月25日
-
「ノウフクの日」制定記念イベント 東京・渋谷で開催 日本農福連携協会2024年11月25日
-
省スペースで「豆苗」再生栽培「突っ張り棒」とコラボ商品発売 村上農園2024年11月25日
-
在ベトナム農業資材販売会社へ出資 住商アグロインターナショナル2024年11月25日
-
楽粒の省力検証 水稲除草剤の散布時間の比較 最大83%の時間削減も 北興化学工業2024年11月25日
-
【人事異動】北興化学工業株式会社(12月1日付)2024年11月25日
-
幼稚園・保育園など996施設に「よみきかせ絵本」寄贈 コープみらい2024年11月25日
-
平田牧場×福光屋 幻の豚「金華豚」と大吟醸酒粕の味噌漬を新発売2024年11月25日