(378)食べ残しのハンバーガーは「食品ロス」か?【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年4月5日
受験勉強や試験などでは外国語の意味を一対一で覚えがちです。ただ、このやり方では試験は通過しても現実には大きな誤解が生じます。
ある単語が示す意味の正確な把握は日本語ですら難しい。例えば、「あお」という言葉を聞いて思い浮かぶ色は人それぞれである。空の青も海の青もあるし、濃い青も薄い青もある。
意味の把握は外国語になるとさらに難しい。日常生活は普通に過ごしていても、仕事の上で考えた内容を文書で表現するような場合には様々な齟齬(そご)が生じる。微妙な違和感は意外と身近に存在するものだ。
さて、以前にも記したと思うが重要な点なので繰り返して述べておきたい。対象は「食品ロス」である。これは農林水産省の「ろすのん」というゆるキャラによれば、「本来食べられるのに捨てられてしまう食品をいうのん」とされている。子供にはわかりやすいが、これをフードロス(food loss)だと思い、そのまま英語にすると、国内ではともかく海外では大きな誤解が生じる。
FAOの定義(2019)では、「食品ロスとは小売業者、食品サービス業者、消費者を除いた、チェーンにおける食品供給業者の決定や行動に起因する、食品の質や量の低下」※1と示されている。下線は筆者が付けたが英語では「excluding」である。
この定義には食品ロスを生じさせる主体として消費者は含まれていない。こうした点は日本では余り知られていない非常に興味深い現象である。文字通りに読めば、消費者が食べ残しのハンバーガーを捨てることは食品ロスではない。
では、目の前の食べ残しハンバーガーの扱いはどう表現するか。これは食品廃棄(food waste)である。同じFAOの定義では、「小売業者、食品サービス業者、消費者の決定や行動により生じる食品の量や質の低下」と記されている。ここではロスと廃棄は明確に区別されている。ちなみに米国では包括的な「食品ロス」概念の中に「食品廃棄」を入れ込んでおり、FAOの定義ともまた異なる。
高校の探求学習や大学などでも「食品ロス削減」は多くの学生が関心を持つ人気あるテーマである。ここで述べたような点を述べると、そんなことより実際に「食べ残し」を無くす、あるいは有効活用する方が重要と、すぐに論点を逸らされる傾向が強い。
だが、大事なスキルの一部とされる論理的な思考方法に従えば、国際機関での定義はこうであり、米国や日本での定義はこう、そして各々の違いはこの部分...という形で合わせて学び、国内外の違いをしっかり理解させることこそが必要なのではないだろうか。
そうでないと、例えば日本人が外国人と話をし、同じ単語を使用していても全く意味が通じない、あるいはどうにもしっくりこないことになる。これは外国語力の問題ではなく、そもそも定義された概念が最初から異なるからだ。
実は、食料安全保障とフードセキュリティにもこれと似たような現象が生じている。一般的には「食料安全保障=フードセキュリティ(food security)」と訳すことが多い。だが、厳密に言えば、この2つは異なる。
このあたりには関連研究の蓄積が数多く存在するので関心を持たれた方は是非調べてみてほしい。何より「食料」や「フード」を除いた「安全保障」と「セキュリティ」という言葉の意味とその射程が時間の経過とともに変化している。
誤解を恐れずに簡単に言えば、かつては国家レベルや軍事面などに重きを置いた用語であったが、現在では個々人へも適用されている。国家安全保障に限定されていた用語が、個々人を含む人間の安全保障まで含む形に変化してきたこと、そして、その変化と受容の速度が国内外で微妙に異なるが故に、言葉の理解も異なるということになる。
* **
とりあえず「ろすのん」、本来食べられるのに捨てられてしまう食品は「食品廃棄」でも良いのん???
※1 FAO, "The State of Food and Agriculture 2019", p.5. アドレスは、https://www.fao.org/3/ca6030en/ca6030en.pdf (2024年4月4日確認)
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