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寝た子は必ず起きてくる【小松泰信・地方の眼力】2024年4月10日

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静岡県の川勝平太知事が4月1日、県庁配属の新人職員75人に、第1次産業従事者を愚弄する内容を含む看過できない訓示をおこなった。抗議殺到を受ける事態となり、川勝氏は10日に辞職願を提出することに。

komatsu_honbun.jpgこの人にシンクタンクの長は無理

毎日新聞(4月3日付)によれば、川勝氏は2日、発言の趣旨を説明するとして県庁で「職業に貴賤はない。(県庁の仕事は)ものづくりとは違う仕事なので、知性を磨いていかないといけないという意味だった。不愉快な思いをされたとすれば申し訳ない」と釈明。そのうえで発言に関連する報道を「キリトリだ」と指摘するとともに、「こういう風潮に憂いを持っている」と話し、6月の県議会閉会後に辞職する意向を示した。
同紙(4月6日付)によれば、氏は5日、報道陣に「職業差別と理解される人が急速に増えた。不愉快な思いをした方がいるのは誠に申し訳なく、おわび申し上げる」と述べ、発言を撤回した。
氏の「キリトリ」発言など、思慮の浅さは歴然。お勉強はできた方だろうが、「人としての知性」を磨き忘れた方とお見受けする。県庁を「シンクタンク」になぞらえて悦に入っていたが、「シンク」欠如でトップとしては不適任。

辞職とリニアは切り離せ

佐賀新聞(4月4日付)の論説は、「そもそも新人職員に高いプライドを持って職務に臨むよう激励するのであれば、わざわざ農業や畜産といったなりわいを引き合いに出す必要はないだろう。何かしら優越感のようなものが思わず口を突いて出たようにも見える」と指摘する。さらに、辞職理由を問われ、訓示事件よりも、リニア開業の延期を手柄話のように語り、「大きな区切り」と位置づけていたことに疑問を呈する。
中国新聞(4月6日付)の社説は、「耳を疑う、極めて不見識な発言である。(中略)15年間にわたる在職で、知事に慢心が生じていたのだろうか」としたうえで、「知事発言に弁解の余地はない。辞職の表明は当然」と指弾する。
他方リニア問題については、「大井川の流量減少や南アルプスの環境悪化を指摘し、国やJR東海に数々の対策を求めてきた」ことを前向きに受け止める。それゆえに、JRが27年の品川―名古屋間の開業断念を正式表明したにもかかわらず、知事の辞意表明を受け、リニア建設工事が進むことへの期待感が、にわかに広がりを見せていることに違和感を示している。なぜなら、「流量減少や生態系への影響、工事残土の処理など懸念される課題が解決されたわけではない。工事の遅れも何も静岡県に限った話ではない」からだ。知事辞職が「リニア建設推進にお墨付きを与えることにはならない」として、「国もJRもそのことを勘違いしてはなるまい」と、クギを刺している。

もっと怒れ農業者

日本農業新聞(4月6日付)によれば、坂本哲志農相が5日、閣議後の記者会見で、川勝氏による職業差別とも捉えられかねない発言について「農村地域に生まれ育ち、農業の現場における創意工夫を見てきた一人の政治家として、憤りを感じざるを得ない」「地域の経済や、コミュニティーを支える農業者の皆さまにとって残念」と述べ、行政に関して「現場と価値観や将来構想を共有した上で、これからの日本の農林水産業をつくり上げていくものだ」と話した。
また同一紙面で、JA静岡青壮年連盟が同日抗議声明を発表したことを報じている。声明では、「農業者は学びを生かし、日々習熟し、知恵を絞って取り組んでいる」ことを強調し、遺憾の意を示した。加えて、今後も県のバックアップが不可欠とし、県職員と農業者との信頼関係が揺らぐことのないよう協力関係を構築していくことを求めた。
翌7日付の同紙によれば、川勝氏は浜名湖ガーデンパーク(浜松市)で開かれた「浜名湖花博2024」のオープニングセレモニーで、「私の恥ずかしい発言で大事な第1次産業に従事している人を傷つけた。申し訳なく、心よりおわび申し上げる」と謝罪した。
セレモニーの前に川勝氏と面会したJA静岡中央会の鈴木政成会長は、「県内の農業者を愚弄する発言には憤りを感じる。農業者とその他の職業を比較するのは間違っている。すぐに撤回もしなかったことも問題だ」と非難し、「県内の農業者・農業関係者を代表し、近く中央会として抗議を行う」との意向を示したそうだ。

〝農業つぶし〟に加担する教育

農民作家の故山下惣一氏は、『振り返れば未来 山下惣一聞き書き』(不知火書房、2022年)で、ご子息の中学時代の担任に関するエピソードを次のように語っている。
――もともと中学生になった時点で、息子は農業高校への進学を決めていたのですが、それがぐらつき始めたんですね。というのも中学3年時の担任が時代の申し子のような教師で、農業高校を「肥やし学校」、工業高校を「油差し学校」と呼び、テストの点数が悪いと、「あー、おまえはやっぱり肥やし学校か」と言うのだ、とか。
「点は人の上に人をつくり、人の下に人をつくる」というような、私が中学生の頃と変わらぬ価値観が加速しながら社会に浸透していったのでしょう。その意味で、この国の教育は〝農業つぶし〟にも加担してきたわけで、それは学校の中だけにとどまらないのだと思う出来事が在所でありました。(この後、農民蔑視の出来事が紹介されているが略)――

怒るべき時には徹底的に怒る

同様の教育や進路指導を受けてきた者として、決して驚かないエピソード。もちろん今も続いているはず。
約60年前の長崎市。4年生の教室で、担任が保護者の職業調べをした。ためらいがちに手を挙げたひとりの生徒が小さな声で「農業」と答えた。間髪を入れず「わいんがた(君の家)百姓か!」と、さげすむような声を上げる生徒がいた。教室には、「聞いてはいけないことを聞いてしまった」という、気まずい空気が漂ったことを思い出す。
当コラム、川勝発言を知り、自分のXに「これは酷い。そんな認識で農畜産業従事者を見てきたわけだ。少なくとも、静岡県のJAグループは抗議声明を出すべきだ」と投稿した。なぜなら、川勝氏の背後には、第1次産業を蔑視する「寝た子」が少なからず存在しているからだ。寝た子は必ず起きてくる。怒るべき時には徹底的に怒らねばならない。
それが、教育の加担によって社会の隅々に浸透していった差別意識を正す、唯一の方法だからだ。

「地方の眼力」なめんなよ

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