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むらぐるみの共同労働【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第288回2024年4月25日

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話をまた戦後の高度成長以前(1960年代以前)のことに戻すが、生産力のいまだ低かったころ、山林原野は、肥料・飼料・農具の原材料、燃料や建築材料の供給源として、また村の橋などの公共施設敷設の資材供給源として不可欠であり、さらに河川や湖沼の水資源の保全のためにも必要であった。

このようにむら人すべての生産と生活に重要な意味をもつもの、つまり公共的な意味をもつものであれば、しかも牧野のように広大な土地が必要で個別農家が個々に所有できないとなれば、その恩恵を受けるむらの全戸が共同で所有した方がいい。さらに、山焼きや植林、下刈りなどの林野の維持管理には多くの労力の協業が必要とされるので、村落全体の共同労働でやった方がいい。

たとえば先に述べた自然牧野であるが、自然的植生に依存するといっても放置しておいたら森林に戻ってしまうのでその維持管理が必要となる。その重要な一つとして火入れ(野焼き)がある。春先に毎年焼くことで、自然に放置しておけば生えてくる木本性植物を除去し、また病害虫を駆除し、その上で自然的な草の発生を待つのであるが、いうまでもなくこれは個人ではやれない。むらぐるみの共同労働でしかできない。その他に、野焼きのさいの防火と境界を明確にするための土塁築き、放牧のための柵結いなどもあるが、これも共同でやるしかない。

そこで林野は村落の共同所有とし、共同労働で維持管理し、みんなで使用して目的とする収益が得られるようにすることになる。そうであるかぎり、その林野の使用収益の権利はその所有者ならびに出役者であるところの全戸、つまり村落を構成する全戸にあることになる。そして全戸が平等に無償で利用し、目的とする収益を得る。そうした林野は入会地とも「むら山」とも呼ばれ、かつての共有林野の主な形態だった。

ただし、利用する権利があるといっても、自由に利用することはできない。利用は規制される。個々人が勝手気ままに利用したら、資源が枯渇してしまう恐れがあるからである。また構成員のむら人は平等の権利をもっているので、利用の不平等が起きないようにしなければならない。ましてや少ない資源を分け合って生きていかなければならない段階で、利用の不平等が起きたりしたら、生きていけないものがむらのなかに出てくる。そんなことのないようにするためにも利用規制が必要となる。

それで村落は利用日時や利用量を規制する。たとえば、乱穫を防いで草や木の資源の保全を図り、むら人みんなが平等に利用できるようにするために、利用を開始する日(口開け日)を決め、終了する日も決める。このように放牧や草刈りの期間を規制するやり方に加えて、一戸につき鎌何丁と利用手段を規制したり、利用地を区分してそれをローテーションやくじ引き、入札等で個々に配分したりもする。

こうした規制は、林野の維持管理作業への労働出役にもあった。全戸から平等に出役することが義務づけられるのである。全戸が出役する限り、また無償でその労働の成果である林野を利用している限り、当然労働は無償である。

このようなかつてのむらによる規制や義務は村落共同体的規制と呼ばれているのだが、水もこうした「共同体的規制」の下に維持し管理されてきた。

水、いうまでもなくこれは生産、生活あらゆる面で欠かせないものである。とくに稲作には不可欠である。したがって、農民はすべて水の使用収益の権利をもつ。しかし、所有権をもつことはできない。土地と違って個々人の独占物として所有し、自由に利用することはできないからである。水は流動し、その過程で多くの用途に、多くの人に利用されるものだからである。しかもその水を得るための水路、溜め池、河川からの取り入れ口等の敷設、維持管理、補修などは個々人では非常に難しい。たとえば溜め池をつくることは個人ではできない。また、自分の水田のわきを通る水路を維持管理したとしても、上流にある隣の水田のわきの水路の管理が悪くて泥が堆積したら自分のところに水が来なくなる。そこで必要となるのが、共同での敷設、維持管理、そのための地域ぐるみの共同労働である。このように、水利施設とそれを通じて供給される水は共同労働の成果物であり、それも何百年あるいは何千年にもわたるむらの人々の労働の蓄積の成果なのである。

そうなるとむらにある水と水利施設はむらの共同所有とならざるを得ない。つまりむらがそれらの処分権、管理権をもつことになる。

そしてむらは、農家にこの水利施設の維持のための共同労働を義務づける。たとえば、水路の掃除をするためにいつ、どこに何人づつ出役せよと指示する。これは全戸平等が原則となる。全戸がその恩恵を受けているからこれは当然のことなのであるが、そればかりではなく全戸の出役なしにはむら全体の水利用が円滑にいかないのである。したがってその指示にしたがわないものには厳しい罰が課せられることになる。

もちろん、たとえば母子家庭などで基幹男子労働力を出せないものについては、その出役が免除されたり、老人や女子の出役で許されたりする場合がある。それでは不平等かもしれないが、文句は出ない。いつかは自分の家もそうなる可能性があり、そのときには逆にそうして助けてもらえるのでお互いっこだからである。そしてむらを構成する老若男女のもつそれぞれの能力を組み合わせた共同労働をする。

なお、全員出役する必要がない管理作業、一定の経験や労力の必要な作業等についてはむらが何人かに依頼した。たとえば宮城県中新田町平柳集落(現・加美町)では、何㌔か上流にある堰を外す「はせがえり」、そこから下流にあるそれぞれの堰に水をよそから取られないように一人ずつおく「堰番」、こうした出役といつ堰を外すかを決める「水世話」というような役をおいて、水を管理していた。

こうしてむら全体の協業と分業で水を管理することによって水田を水田として機能させてきたのである。

農家はこうした水と水利施設の維持のための「むら規制」にしたがわなければならないが、同時に水の利用もこのむらの規制に縛られる。あるものが勝手に水を利用したら、他のものが、みんなが迷惑をこうむることになるからである。たとえば田植えのときに水路の上流のものが自分の田のところで水を止めて自由に使ったら下流に水がこなくなり、そこの水田の田植えができなくなる。したがって水利用の順序、時期、量などがむらによって規制される。農作業もそれで規制される。それで始めてみんながうまく水を利用でき、生産も生活も維持できたのである(注)。

農道や林道、橋なども水路や入会地と似ている。農道は生産ばかりでなく生活にも欠かせないものである。しかしそれを自分の土地や家のそばだけにつくってもどうしようもない。他人の土地のところも通らなければならない。そうするとみんなが利用できるようにみんながいっしょに考えてみんなでつくらなければならなくなる。維持管理も個人ではできない。かくして、農道はむらの共同所有として共同労働で維持せざるを得ず、つまり共同体的規制のもとにおかれて始めて共同利用が可能となるのである。

このように、個々の農民が利用する林野、水、水路、農道等は農民で構成されるむら(村落共同体)の所有となる。使用収益権は個々の農民にあるが、管理処分権は村落にあるのである。こうして農民の生産と生活は維持される。

まさにむらは農業生産にとって不可欠であり、村落共同体は運命共同体だったのである。

さきに述べた福島県会津の南郷村鶇(とうの)巣(す)集落の例であるが、一九七八(昭和五十三)年に行ったときのむら仕事には、まず年二回の共有林の刈り払いがあった。それから道路普請、山道普請、堰払いがある。水路の清掃、補修等の維持管理は年四回ある。災害などの時は臨時に出役する。

また、五月には川を堰止めして水嵩をあげ、農業用水が水路に入るようにする「石倉講」への出役がある。年寄りが柴を組み合わせた「かりやす」(どういう漢字で書くのか聞き落としてしまつた)をつくり、若者たちがふんどし一本で川に入ってそれを川に沈めて堰をつくり、水が水路に流れるようにするもので、むらぐるみの出役でないとやれない大仕事である。これができあがり、水が水田に入る状態になるとこれまたむらぐるみで「大堰祝い」をする。この堰と用水の管理、水量の調整は区長が指名した用水番一名が行う。

このようなものだったが、今はどうなっているだろうか。

(注)時の経過のなかで、農家の中に土地を他の集落(むら)の農家に売らなければならない場合も出てくるが、購入した他集落の農家は水利の規制や出役についてはその耕地の存在するむらの規制にしたがった。やがてそれは水利組合として自立するのだが、そのことについては省略する。

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