(383)見えない動脈:サブマリン・ケーブルの戦略性【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年5月10日
日常生活でスマホやインターネットは欠かせません。これらを行き交う情報、全て無線のような気がしますが実は海底ケーブル(英語ではsubmarine cable)が大きな役割を果たしています。
サブマリン・ケーブルは、現代人の生活に不可欠かつ最重要なインフラの1つである。通常、私たちは国際通信やインターネットと言うとすぐに衛星通信を思い浮かべる。だが、現実の国際情報のやりとりに関する限り、ほぼ100%をサブマリン・ケーブルに依存している。
2023年6月、NHKで「知られざる海底ケーブルの世界」という特集が放送された。Webに残る記事※1 を見ると、「日本とつながるものだけでおよそ30本、世界では400本以上、総延長は130万キロ」との記載が見える。この報道では直近の状況について解説がなされている。そこで以下では異なる観点からサブマリン・ケーブルを眺めてみたい。
この技術と産業は19世紀半ばのイギリスから始まる。1850年、イギリスはドーバー(Dover)から対岸のカレー(Calais)まで世界初のサブマリン・ケーブルを敷設する。その後、わずか15年でこの産業は急成長する。当時のイギリスは「『世界制覇の第一歩は海底ケーブルの制覇にあり』という政治理念を掲げ、精力的に海底ケーブルの敷設にとりくんだ」※2ようだ。そして約半世紀後の1902年、世界中の全植民地とロンドンを繋ぐサブマリン・ケーブル網を完成させている。
日本と関係する年号を振り返るとイギリスの壮大な戦略、そして当時の日本が置かれた立場および対処の仕方がよくわかる。ペリーの浦賀来航は1853年、日米和親条約が1854年、日米修好通商条約が1858年である。一般に安政の五カ国条約といわれる2つの条約であり、後者は米国に続き、オランダ、ロシア、イギリス、フランスと数か月のうちに締結している。
ちなみに、イギリスとアメリカの間に最初のサブマリン・ケーブルが敷設されたのも同じ1858年である。この初期ケーブルは途中で不通になったようだが、1866年には恒久的な形で電信回線が開通している。その後のイギリスは、サブマリン・ケーブルを当時の大英帝国の各植民地へと次々に敷設していく。このネットワークはAll Red Routeと呼ばれていたようだ。そして、最後に残された空白地帯が、南アフリカのケープタウンとオーストラリア(パースおよびシドニー)をつなぐルートであり、それも1902年には完成する。まさに50年をかけた壮大な構想のもとに着々と独自の通信網を設置したのである。
さて、ここで1902年と聞いてすぐに日英同盟が思い浮かぶ人も多いであろう。さらに言うならば、その2年後に日露戦争が始まる。中学高校時代は、表面上の国際関係だけで理解し、日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦を10年ごとに単純に暗記していた。
ところが、細かく前後関係を確認すると、海底ケーブルの世界ネットワーク完成を見据えて日英同盟を締結した当時のイギリスの対ロシア戦略、そして明治日本の戦略的対処のタイミングが直後の日露戦争でいかにうまく機能したかがわかる。
世界史の教科書では「当時、イギリスは南アフリカ戦争に手一杯で極東に兵力をさく余力がなかったため、日英同盟を結んで日本にロシアをおさえさせようとし、アメリカもそれを支援した」※3 との記述が見える。そのとおりである。ただし、それを可能にした背景にサブマリン・ケーブルを用いたAll Red Routeというに独自の情報通信・共有ルートが構築されていたことの記述は残念ながら見当たらない。
* * *
目の前の事象に左右されず将来を見据えて長期的に何をするか、そのためには何が必要か、この事例は興味深いですね。
※1 NHKニュース「ビジネス特集:知られざる海底ケーブルの世界」、2023年6月20日。
※2 石原藤夫『国際通信の日本史-植民地解消へ苦闘の九十九年』、1999年、11-13頁。なお、この本は技術史だけでなく戦略的にも大変興味深い本です。
※3 山川出版社『詳説世界史 改訂版』、2016年、323頁。
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