抵抗組織としてのむら【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第291回2024年5月16日
東北には国有林が多かった。青森、岩手、秋田の北3県がとくにそうである。
なぜかと聞かれると私はいつも次のように答えたものだった。
東北は北に行けば行くほど人口に比して山林の面積が広くなり、しかも林産物の商品化があまり進んでいなかったために、明治以前は林野に関する所有権の意識が相対的に弱かったからだと。
明治の初めに政府の役人がむらに来て来て、あの山林は誰の所有する土地かとむらびとに聞く。入会山であればそれは「誰の土地でもない」。だからみんなはそう答える。
もちろんみんなで利用している土地ではある。だからみんなのものと答える場合もある。そうすると今まで納めたことのない税金がみんなにかかる。しかも「血税」ともいわれているようで、血で税金を納めるらしい。もちろんそれは間違いで貨幣で払うのだということがわかってくるが、それにしてもお金などあまりない。自給自足に近い段階にあり、貨幣経済が浸透していなかったからである。そこでやはり誰のものでもないと答える。
そうなのである、たしかに誰のものでもなかった。日常利用する裏山などの林野を除いて、林野は利用する物であって所有する物ではなかったのである。
ところが誰の所有でもないとするとそれは国有地になってしまう。明治政府は無主の地(持ち主のいない、はっきりしない土地)は国の土地としたのである。なお、藩有地は入会地として利用されているかどうかにかかわらず無条件で国のものとした。
こうして明治政府は、山林・原野の所有権を官と民に区分(「官民有区分」)し、これによって従来の入会地の多くが御料林(皇室の財産とされた優良な山林)や官有地(国有地)に編入されることになった。たとえば下北半島などでは民有林として認められたのは1%にも満たず、他は官有地とされてしまった。
しかし農民は今まで通り入会地を利用し、木を伐り、草を刈り、あるいは焼き畑として利用した。
ところがこれは西欧から持ってきた法律からすれば窃盗罪となる。お国の所有する土地に勝手に入り、国有財産である木や草を黙って採っていくのだから、まさに泥棒なのである。それで巡査がきて捕まえる。
ほとんど官有地になった青森県下北地方の農民の「盗伐」件数は全国一、二位にもなったと言われている。捕まった農家はたまったものではない。昔からやってきたことをやっただけだし、林野なしでは生きていけないからである。
こうした問題は全国各地で起きていた。そして昔から農民が慣習的に持っていた「用役権」の政府による否定、官憲の圧力による土地利用権の否定に対する抵抗運動が全国各地で展開されたのである。
それに対応せざるを得なくなった政府は明治中期に官民有の再区分をすることになり、農民の要求はかなり通った。そして入会権者が特別地方公共団体としての「財産区」をつくって入会地を保有できるようになり、国有地や市町村有地として残った土地でも従来の慣行で入会地として利用できるようになった。
こうしてほぼ問題が解決したのであるが、問題として残ったのはそもそもの官民有区分のときに入会地の所有権を個人名義にしてしまった場合、再区分の前に国から払い下げを受けて私有地化したものがいた場合であった。
たとえば入会地を地域の代表者の所有地として登記したところがあった。また地域の有力者や所有のもつ意味をよく知っているよそものが、税金は払ってやる、今まで通り利用してもかまわないと甘言を弄して自分名義にしたところもあった。それどころか入会権者がまったく知らないうちに他の地域の有力者が国から払い下げを受けて自分の所有地としたところもあった。こうしていったん個人所有になると、欧米の模倣をしてつくった日本の法律のもとでは近代的な所有権と同じとみなされ、所有者の権利はきわめて強くなる。そしてこれまでの利用者の利用を拒否する。一方、利用権ましてや欧米の法律にはない入会権はきわめて弱い。そうなれば入会権者は入会地を利用できなくなり、生きていけなくなる。
当然それに対する抵抗の運動が起きるようになった(次回に続く)。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(139)-改正食料・農業・農村基本法(25)-2025年4月26日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(56)【防除学習帖】第295回2025年4月26日
-
農薬の正しい使い方(29)【今さら聞けない営農情報】第295回2025年4月26日
-
1人当たり精米消費、3月は微減 家庭内消費堅調も「中食」減少 米穀機構2025年4月25日
-
【JA人事】JAサロマ(北海道)櫛部文治組合長を再任(4月18日)2025年4月25日
-
静岡県菊川市でビオトープ「クミカ レフュジア菊川」の落成式開く 里山再生で希少動植物の"待避地"へ クミアイ化学工業2025年4月25日
-
25年産コシヒカリ 概算金で最低保証「2.2万円」 JA福井県2025年4月25日
-
(432)認証制度のとらえ方【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年4月25日
-
【'25新組合長に聞く】JA新ひたち野(茨城) 矢口博之氏(4/19就任) 「小美玉の恵み」ブランドに2025年4月25日
-
水稲栽培で鶏ふん堆肥を有効活用 4年前を迎えた広島大学との共同研究 JA全農ひろしま2025年4月25日
-
長野県産食材にこだわった焼肉店「和牛焼肉信州そだち」新規オープン JA全農2025年4月25日
-
【JA人事】JA中札内村(北海道)島次良己組合長を再任(4月10日)2025年4月25日
-
【JA人事】JA摩周湖(北海道)川口覚組合長を再任(4月24日)2025年4月25日
-
第41回「JA共済マルシェ」を開催 全国各地の旬の農産物・加工品が大集合、「農福連携」応援も JA共済連2025年4月25日
-
【JA人事】JAようてい(北海道)金子辰四郎組合長を新任(4月11日)2025年4月25日
-
宇城市の子どもたちへ地元農産物を贈呈 JA熊本うき園芸部会が学校給食に提供2025年4月25日
-
静岡の茶産業拡大へ 抹茶栽培農地における営農型太陽光発電所を共同開発 JA三井リース2025年4月25日
-
静岡・三島で町ぐるみの「きのこマルシェ」長谷川きのこ園で開催 JAふじ伊豆2025年4月25日
-
システム障害が暫定復旧 農林中金2025年4月25日
-
神奈川県のスタートアップAgnaviへ出資 AgVenture Lab2025年4月25日