【浜矩子が斬る! 日本経済】「あの時と今はどう違う?」2024年7月5日
本紙は今月から経済を中心に、さまざまな社会課題について分析、課題提起しているエコノミストの浜矩子氏の定期コラムをスタートする。初回はアベノミクス。浜氏は当時いち早く「アホノミクス」と呼び替えた。
エコノミスト 浜矩子氏
円安が続いている。足元では一服感も出ているが、これは円とドルへの実需が交錯する中での相場のあやだ。
かつて、円の対ドル相場は1ドル=75円台をつけたことがある。2011年10月のことだ。あの時、円は有事に買われる通貨になったと言われた。EU(欧州連合)がギリシャに端を発する財政危機に見舞われ、アメリカもリーマンショックの後遺症から立ち直れない。そんな中で、困った時の円頼み現象が広がったのであった。同年3月の東日本大震災で、日本もまた危機的状況下におかれていたにも関わらず、世界は円を頼みの綱としたのである。
あの時の世の中は、内外ともに不穏な空気に包まれていた。今はそれにも増して不穏さが充満している。ロシアによるウクライナ侵攻があり、イスラエル・パレスチナ間の激突が日々新たな惨劇を生み出している。ロシアと北朝鮮と中国のご都合主義的仲良し円舞が不気味だ。
これらの大問題に関して、日本の当事者性は概して薄い。その限りでは、2011年当時にも増して円頼み心理が表出してもおかしくない。だが、そうはなっていない。いまや、困った時の円離れが進む格好になっている。
あの時と今とでは、何がどう違うのか。最大の違いは政治と経済政策の関係だと思う。
2012年12月に安倍政権が発足した。そこから、筆者がアホノミクスと呼び替えたアベノミクスが始まった。アホノミクスとは何だったか。それは、下心政治による経済政策の手段化だった。アホノミクスの大将、故安倍晋三氏には、大いなる下心があった。それは、21世紀版の大日本帝国を構築することにあった。彼は、かねてより「戦後レジームからの脱却」を自分の政治的使命に掲げていた。戦後という枠組みから脱却したいなら、出来ることは一つしかない。戦前の世界に回帰することだ。そして、日本の戦前は大日本帝国の世界だった。だから、彼は大日本帝国の再現を目指した。であればこそ、あそこまで改憲に固執したわけだ。
アホノミクスには、21世紀版大日本帝国の経済基盤づくりが託された。経済政策の本来の使命は、経済活動のバランスを保ち、そのことによって弱者を守り、救済することにある。それなのに、アホノミクスの大将は経済政策を強い国家の強い経済基盤づくりの手段として位置づけた。その結果、経済運営としては全く辻褄の合わない「異次元緩和」の金融政策が始まった。この異次元緩和は、金融政策とは名ばかりの財政ファイナンス、すなわち日銀が政府のためにカネを振り出す打ち出の小槌と化すことを意味した。その上にあぐらをかいて、日本の財政は世界中で最悪の不健全性に陥ることになった。
アホノミクスはまた、日本企業に対して「稼げ、儲けろ」の大号令を発する司令塔となった。追い詰められた企業たちは、人件費削減による経費節減に走った。そのおかげで、日本の実質賃金は今日なお、減少し続けている。
日本銀行は、植田新総裁の下で必死に異次元緩和からの脱却を試みている。だが、異次元にまで飛び出してしまうと、そこからの帰還は容易ではない。日銀が大規模な国債購入を止めれば、日本国債には日銀に代わり得る買い手がみつからないかもしれないからだ。独り日銀が異次元に止まる中で、ますます内外金利差が拡大し、円安がさらに加速するかもしれない。
「物価と賃金の好循環」が喧伝される中で、企業は賃上げの体裁を整える一方で人減らしを強いられたりしている。人の頭数を減らした上で、残った人員の賃金を上げる。そんな苦肉の芸当を演じることを強いられている。
こうした何とも屈折した経済風景を、下心政治に手段化された経済政策がもたらした。こんな経済風景が、世界が困った時の頼みとされるわけがない。
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