「むら」の否定の否定の必要性【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第298回2024年7月11日
農村に戦後も残り、その芸術性が高く評価された農村歌舞伎や能、ここでも能力ではなく、家格が支配していた。そしてあの家は主役、この家は脇役、ここは手伝いと決まっていた。子役も家格の高い家の子が伝統的に引き継ぎ、貧しい零細農家の子どもは演じることができなかった。
歌舞伎や能の衣装や面、用具は極めて高価、それを維持補修していくのは貧しい零細農家では困難、そうしたことから自然にそうなったのだろうが、貧しい農家は裏方、炊事、雑用をやらされるだけ、その子どもは舞台にはもちろん立てなかった(高度成長以降、零細農家も兼業化・農外収入で豊かになり、大規模農家の中には後継者が流出するものがいるということで、家格によるかつての格差はなくなり、それどころか伝統行事の存続ができなくなったところもあるのだが)。
山形内陸のある町で、かなりの能力があり、信望の厚いある人を町長に推そうという声があがった。しかし彼の家は家格が低い。彼が出るなら彼よりも家格が高いおれも出るというもの、またそうした人を推そうというものも出てきて、何人も立候補することになる。能力があろうとなかろうとである。これでは町が混乱する。それで彼を候補者として推すことは取り止めになったという。
まだ家格の亡霊、公職の世襲制が遺っていたのだ。そして少数の人間が地域をひっぱってきた社会関係、牽引者と追随者という関係を、いまだに単純に現代に当てはめようとする研究者もいた。
NHKテレビアニメの『忍たま乱太郎』と同じく「由緒貧しき家柄」に生まれた私には、こうした一種の身分制、世襲制が許せない(国会等の議員の世襲などはもちろんのことだ)。
それは僻(ひが)みだといわれるかもしれない。 でも私は、切り取り強盗を習いとした武士の末裔でもなければ悪徳大地主の係累でもないことに誇りをもってきた。
そもそもこうした家格の支配するむらでは農業の発展、地域の発展などはあり得ない。
前に本分家関係のことでちょっとだけ触れた青森県田子町(注)であるが、かつてここの農家は地区内の家格の高い有力者=総本家の支配下に入り、その庇護を受け、行政等の外部社会への窓口となってもらっていたという。そのために地区内にその有力者を中心とした農家の派閥が形成され、その有力者の談合でむらが動かされてきた。
しかし、たまたまその談合がうまくいかない場合がある。すると派閥が相互に反目しあうことになる。そして集落内あるいは集落間で相争うことになる。こうした派閥争いが戦後もかなり長い間残った。
たとえば、行政や農協が会合をもってあることを論議すると、ある派とその支配する集落がそれに賛成すれば必ず他の派と集落が反対する。そして、自分の派や集落の意見が通らないとその領袖である総本家の指示で次回はその派と集落の全員が欠席する。これではまとまるものもまとまらない。こんな集落を基礎にして農業を発展させようとしても無理である。
そこで農協は、集落を基礎とすることをやめ、作目別に農家を組織し、農協と農家を縦に直接つなぐことにして、農家が集落と関わりなく自由に発言でき、生産に取り組めるようにした。そしてニンニク、キュウリ、畜産等を発展させ、米の複合化と産地形成を進めた。こうしてみんなが協力するなかで、集落内・集落間の反目も薄れてきた。作目別組織という集落をこえた新しい組織が古いむらを崩す役割を果たしたのである。この例から見てもわかるように、旧来の集落には限界があるのであり、作目別組織、生産組織の形成などによるその変革を考えるべきなのである。
もちろん、産地形成においても、ましてや機械施設の共同利用、土地の有効利用などには、農家の地域的な共同協力が必要不可欠である。だからといって昔のむらに戻る必要はない。古いむらの復活ではなく、その否定の上に立って、さらに近年の生産力進展や兼業化などの社会状況の変化のもとで否定され続けてきた結果として形成された近年の農家の孤立分散をさらに否定して、新しいむら・新しい共同協力関係を構築することこそが必要なのではなかろうか。
協同組合精神で結ばれた出荷組合のような「作目別生産者組織」、あるいは機械施設の共同所有・共同利用・共同作業を行う「農業生産組織」の組織化でもって昔のむらを否定し、さらにその否定でできた近年の農家の孤立分散も否定し、その上に立って新たな地域的な結合を再構築していくのである。
もちろん、それも容易ではない。混住化の進展、兼業の深化のなかでむら人の異質化が進んでいるからだ。それもあって、農業を中心とする農家で構成されていたかつてのむらの変質を嘆く人もいた。
このことについては次回述べさせていただきたい。
(注)本稿・24年5月2日掲載「むらの掟」参照
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