"IPEFクリ-ンな経済協定"にも本気度を感じられず 肝心の貿易分野は?【近藤康男・TPPから見える風景】2024年9月12日
直近2024年6月の外務省ウェブサイトを開いても一貫して"第1の柱"として位置付けられている貿易分野の協定はこれまで見当たらず、多分存在しないのだろう。米国は関税問題への立ち入りは拒否してきたものの、22年5月のバイデン氏による立ち上げ宣言では、貿易そのものは求めていた筈だ。
唯一存在するのは2022年9月の閣僚声明の"柱1-貿易"<注>だ。多分永久に漂流したままなのだろう。そして、そのこともあって、"インド太平洋経済枠組み(以下IPEFという)は経済安保と排他主義に収斂した"IPEF供給網協定"以外は本気度のない、誰もコミットしない経済協定にならざるを得なかったのだろう。
◆24年6月公表のIPEFの2分野に共通する本気度の欠如は何故?
8月22日付のJAcomへの寄稿で"IPEF公正な経済協定"について"認識・考慮・支援・協力・希望・努める"などの曖昧な表現で多くの条文が結ばれている、と記した。また国際条約合意署名に関わる"本気度が見られない"とも批判した。"IPEFクリ-ンな経済協定"では、多用されているのは"認識する、意図を有する"という結語だ。及び腰で願望に止まっているかのような表現は何故なのだろうか?実効性を含む制約・限界の多さ故だろうか?
◆鏤められた課題"認識"は幅広い
"クリ-ンな経済"は気候変動、環境問題が中心に据えられているのが特徴的だ。そして、それは、やはり冒頭の部分で語られている。
"締約国は、パリ協定を想起し、それぞれの気候目標に沿った形で‥‥持続可能な土地及び海洋に関する解決策‥‥"と続け、"持続可能な生活‥雇用を促進する一方で、気候変動の影響を緩和し‥‥加速された、かつ、有意義な取り組みが必要であること"、更に、ネットゼロ排出の経済及び持続可能な開発への‥目的及び道筋を積極的に追及"等々。
そのうえで、"クリ-ン経済への移行が、市場、投資、工業化並びに質の高い雇用及び適切な仕事についての重要な機会を提供すること"、"強靭な農業システムへの転換が、水の安全保障、食糧安全保障及び栄養を推進し‥農業者及び農村の共同体がクリーン経済において繁栄することを可能にする"べき、としている。
加えて、幅広い言及は、よく知られている社会的諸団体等に止まらず、"女性、先住民、障害者、地方及び遠隔地の住民、立場の弱いあるいは不利な立場にある集団、少数者、地域社会の積極的な参加"が、"クリ-ン経済を形成し、締約国の共通の目標実現に不可欠であること"を"認識"すべき"、などの訴えが、日本文の協定の最初の2ページで展開されている。※"‥‥"の中は協定文からの転記。
◆環境・持続可能性という言葉が頻繁に登場するとともに、一次産業への言及も多い
幅広い取り組みの必要性が謳われている中で、農業という一つの産業への言及が目立つ点も特徴と言えるかもしれない。産業分野としては、勿論エネルギ-やエネルギ-に関連する技術への言及も多くて当然だろう。電力についても第5条で触れられている。
そして工業部門・運送部門の技術については、C節で展開されている。農業については第D節の冒頭の第11条に「持続可能な農業の実施」として言及され、森林も第12条に、水が第13条、温室効果ガスが第14条に展開されている。
◆環境・持続性についての場合は、そこでの言及が、"良いこと中心"になるのは自然だが、物足りなさを拭えない
その場合、問題は野心的・具体的であるかどうか、だろう。金融・投資の強化・技術協力にも触れている。労働・ガバナンスの保護などにも言及している。更に第D節は"公正な移行"に関する節になっている。
しかし、そのうえで、"IPEF公正な経済協定"と同様、第29条「実施」で"この協定は、各締約国が自国の利用可能な資源の範囲内で実施するものとする"と控えめな規定となっている。
◆14カ国のIPEFでなく、国連の枠組み、パリ協定などの土俵で集中・深堀りすべきでは?
"本気度が感じられない"と記したが、協定を読んでいて感じたのは、気候・環境に関する課題の広がりと重要性に鑑みるのなら、この協定の冒頭でも記してある、2015年のパリ協定を含む国連気候変動枠組み条約の中での掘り下げに真剣に取り組むことのほうが効果的かつ重要ではないだろうか?という点だ。地球の生態系全体に関わる課題として、経済や貿易と異なり、IPEF参加14ヶ国だけで対応することは不可能であり、却って問題を矮小化することになりかねない。
さらに言えば、第一条「適用範囲」は宇宙まで範囲を広げるべきかもしれない。既に宇宙は主要国の間で、ルールも不充分で半ば放置されているような中で競争が激化してきている。このままでは無秩序な競争や宇宙ゴミの拡散が続くだけだろう。
◆"IPEFクリ-ンな経済協定"で言及される"安全保障"は、技術・エネルギ-の持続性の文脈のようだ
私自身は、TPP以降の多国間経済連携協定には基本的に反対の立場で運動に参加してきた。しかし、"IPEFクリ-ンな経済協定"については不充分さを感じても反対ではない。ただ、72ページ38条で表現された日本語訳を読んでみて、果たして環境・生態系に関わる問題を14ヶ国だけで、しかも曖昧な言葉を精彩に羅列し、鏤めてまとめるだけで各国の政府は、政府としての責任を果たしたと言えるのだろうか?という疑問を拭いきれない思いだけは強く残った。
これまで合意・公表されたIPEFについては"IPEF供給網協定"の経済安保が強調される文脈(第10条「重要分野又は重要物品の特定」)や"IPEF首脳合意"である「IPEF重要鉱物対話」についての排他性を批判した。しかし、"IPEFクリ-ンな経済協定"では、経済安保を想起させる表現は第B節の表題での"エネルギ-安全保障"、第5条一項の「エネルギ-安全保障を強化」・第6条二項の「石油およびガスの安全保障」が近いが、内容としては技術的な側面(第5条)を中心とした内容や備蓄の調整(第6条)で、上述の"首脳合意"を反映した域外への排他的対応を想起させる文脈は見当たらない。
<注>
※柱1-貿易 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100399484.pdf
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